【RTされた数だけグラアン書く(たぶん3/4)】 ※CAUTION※ ◎原作寄り超捏造RE ◎REの会話ゼロ ◎むしろ主にコンブフェール ◎お耽美を目指して失敗 ◎Eに対し壮大に夢を見過ぎ ◎時代考証が甘く、いろいろ間違っております。不勉強で申し訳ありません。ご指導よろしくです。 以上が大丈夫そうでしたら……↓ 歌知らずのアポロン 食器はちぐはぐだし、コーヒーカップにワインが注がれている。もちろん、名物のとびきり不味いワインだ。テーブルも椅子も、好き勝手に散らかってひっくり返っている。 若者たちは、退屈な講義の感想と昨晩のベッドサイドの話、それからときどき主義の話を、薄暗い酒場のせまいテーブルいっぱいに広げていた。テーブルに収まりきらないものは、バゲットのくずと一緒に床に散らかった。 静かな冬の夜、外は凍てついて、雪が降りそうだ。だが店内は熱気と興奮が重なりあい、騒がしく音をたてていた。熱狂のなかには、ピアノ線みたいな緊張の糸が見え隠れして、一種の独特な空気に満ちている。 濃密な喧噪に、今夜は異国の歌が響いていた。 「酒樽君はご機嫌のようだ」 コンブフェールは肩をすくめて、視線をテーブルに戻した。酒で枯れた歌声は耳障りだ。フイイは顔をしかめたし、ジャン・プルーヴェールもちらりと背後を気にしている。 ケンケ灯がひときわ明るく灯るこのテーブルには、地図といくつかのリストが広げられている。熱狂の中心、アンジョルラスの視線は、リストに注がれたままだ。深い水底の色を湛え、コンブフェールの軽口にも、フイイのため息にも揺れることはない。 「いったい何の歌だ?」 「イタリア語だな」 「ああ、イタリアの恋の歌だね。この詩は知ってる、情熱的な愛の歌だよ」 フイイが答え、プルーヴェールがつけ足した。それがふたりの世界論に火をつけたようで、地中海の歴史と芸術について議論をはじめた。プルーヴェールは歌にあわせてテーブルをつま弾いている。 だが、当然ながら、アンジョルラスは全くお構いなしだった。彼は子守歌も満足に覚えず育ったのに違いない。オペラも演劇も、退屈するか、眉をしかめるだけ。流行りの歌なんて、鼓膜にかすりもしない。それでもバッカスの歌を止めないのは、秘密の会話をかき消す手段とでも考えているからだ。 「君の作ってくれたリストについてだが」 アンジョルラスが沈黙を破った。 参謀への眼差しは、静謐さと情熱を併せ持っていた。長い指がリストを繰る。紙がこすれる乾いた音までが、完璧に計算された美しい音楽だった。長い睫毛がかるく伏せられ、指先は一点を指す。シチリア島の件で話しこんでいた二人も、いつの間にか彼の所作に見入っていた。 リストには、簡単な暗号が書かれている。それは銃剣の調達ルートを示していた。無垢な唇が、武器の値段と数を無感動に紡ぎはじめる。彼の計画にはほとんど綻びがなく、完成されたパズルみたいに隙がなかった。 完璧な策略にうなずきながら、コンブフェールは思考の片隅でグランテールの愛の歌を聴いていた。イタリア語には明るくないので、その詩はよく聞き取れない。けれど「愛の歌」なんて言われれば、なるほどその通りの甘く切ない旋律に思われる。 それは、決して届かぬ愛の歌だった。 酒場の一角に、大酒飲みが我が物顔で独占しているテーブルがある。二階の隅、ビリヤード台や壊れた椅子の吹き溜まりがそれだ。そのテーブルこそ、彼の唯一無二の砦だった。 今夜は砦にチェス盤が居座っている。ただし、プレイヤーはひとりきり。どうやら自分の頭脳と戦っているらしかった。駒は思いつきで並べられているように見えて、じつは緻密に計算しつくされた名勝負だった。 グランテールは白のルークをつまんでながめ、黒のナイトを奪い取る。続いてもうひとりの彼自身が、後手を差そうと手を伸ばす。しかし黒のポーンは姿を消した。それはコンブフェールのせいだった。コンブフェールはざっとテーブルを見渡して、掌中のポーンであざやかにルークを奪い、ナイトの敵を討った。 「ああ、そいつは俺が取るはずだったのに」 「君の番だ」 コンブフェールは脚のゆがんだ椅子をひいた。グランテールはちょっと考えこんでから、駒ではなくワインを手に取る。酔っ払いのうしろには、彼が片づけた数々の瓶が、トロフィーみたいにずらりと並ぶ。 「俺に何か御用かい?」 「ゲームの相手を探していただけさ」 グランテールは白駒を動かした。アルコール漬けの眼差しが、黒の次の一手を催促する。 「秘密の計画とやらには、目途が立ったのか? まったく、君たちもよく飽きないもんだ」 「君だって、酒には飽きないだろう。同じことさ」 「全然違うね」 ゲームは淡々と進行する。勝負は五分五分といったところだ。 「思うに」と、続けたグランテールは、ふらつく手つきでナイトをつまむ。「君たちが夢中になっている例の話には、陽気さがないだろ。それがいけないのさ」 酩酊気味のわりに、思考はまだ確かなのか、守りの甘い黒陣営に攻めこんできた。 「じゃあ君はいつも陽気なわけだね? それでこうしてひとりきりで、陽気に、自分の頭脳と勝負しているわけだ」 「……そうさ」 グランテールは手を止めた。例ののらくらした笑みを顔にはりつけていたが、瞳の色にはさみしそうな不純物が一滴混じった。 「そうとも。俺は確かに悲観主義で思想も持たないが、陽気さは持ちあわせているさ、少なくとも君たちよりね。見たかい? アンジョルラスの無表情ときたら。思想はご立派だろうが、顔色はどんどん真っ青になっていくだろ」 「……君は、アンジョルラスが気がかりでたまらないんだな」 コンブフェールが静かに指摘すると、相手は返事のかわりにゆっくり目をそらした。それはたぶん、肯定を意味していた。 「どうして君はそんな振舞いばかりするんだ? 君は頭がいい。どうしたらいいかなんて、わかってるはずだ。彼の心が欲しくないのかい?」 「心が、欲しいだって!」グランテールは大笑いした。「馬鹿げてる! 彼の心を手に入れられる奴なんて、存在するはずないね。それが彼の彼たる所以なんだ。つまり、俺がどうしようと関係がない。だから俺は俺のまま、好きに振舞うのさ」 「……君のことは気の毒に思う。確かに、アンジョルラスが相手では、誰だって分が悪いからな。でも、そうやって彼を見つめたり、歌を捧げたところで、むしろ逆効果だぞ」 「そんなこと、知ってるよ」 グランテールは吐き捨てて、それから瓶に口をつける。残りはわずかになっていた。 「俺だって、自分がどうしたいか、わからないんだ。しばらく考えてもみたが、俺に出せる結論はこれだけだ。そこに彼がいる、彼はアポロンで、天の御使いで、光によく似ている。そして何事か考えこみ、自由を語る、それだけだ。それでいい」 自嘲気味の声色は、コンブフェールにある理解をもたらした。つまり、あてのない一人きりのチェスゲームは、彼自身の頭脳と戦っているのではない、ということだ。 彼はアンジョルラスとチェスをしているつもりなのだ。 懐疑家の、こまったような優しい視線。信仰と憧憬と、報われぬさみしさが綯交ぜになり、ひたむきに注がれている。それなのに、アンジョルラスは相変わらず武器の話を続けるのだ。 コンブフェールは、なぜか切なく胸がゆさぶられるのを感じて、なすすべもなく瞼を伏せた。 季節は巡り、この国は春を迎えようとしていた。芽吹いた若葉が木々を淡く染め、三月の陽射しに街は霞む。 ぎゅっと詰まった寒さがゆるんで、リュクサンブール公園は、息吹を取り戻しはじめている。やがて雲雀も飛び交い、ふたたび歌いはじめるだろう。 耳慣れない音色が耳に届いたので、コンブフェールは歩みをとめた。どこから聞こえてくるのか、あたりを窺うも、奏者の姿は見えない。艶をふくんだ安っぽい音は、手風琴の音色だった。決して大きい音ではなかったが、耳慣れない旋律だったので、つい気にかかった。 「どうかしたのかい?」 先行くアンジョルラスが振り返った。陽射しに溶けこんでいた光の粒子が、ブロンドにきらきら反射する。春も知らぬ冷たい大理石像は、この季節の訪れを告げるために生まれたような、眩いばかりの美しさをまとっていた。唇などは、さながらこの春いちばん初めに咲いた花だった。空と海のきらめきを放つ瞳が、まっすぐにコンブフェールを見つめてくる。その視線も、春のせいか、いつもよりやわらかく感じられる。 「いや、こんなところで音楽が聞こえるのかと思ってね」 彼が興味を持つとは思えなかったが、少々浮かれていたので、コンブフェールはそう言って笑ってみせた。 「そうだな」 返事があったのは意外だった。それも、同意の返答だ。彼は手風琴の旋律に一瞬だけ耳をかたむけたが、すぐに何事もなかったように歩き始めた。コンブフェールは速足で彼を追いかける。 アンジョルラスはしばらく黙って歩いていた。耳をくすぐる音色はどこか懐かしく、いつか聞いたような旋律だった。けれど、どこで聞いたのか、思い出せない。少し前の流行り歌に似ている気もした。 「ちょっと前のシャンソンだったかな」 思い出そうとしてつぶやくと、それまでだんまりを決めこんでいたアンジョルラスが、唐突に小さな声で「いや」とこぼした。 「イタリアの……多分、愛の歌だったように思うよ」 そのとき、春の風がふたりの頬を撫で、髪をくすぐり、駆けぬけた。 音色は風をともなって、アポロンの凍てついた鼓膜を、かすかに、だが確かに震わせた。 間もなく、パリに春が訪れるのだった。 (2013.04.14) |