※CAUTION※
◎映画寄りRE
◎どうしてこうなったのかとかは考えないでくださいネ
◎グラアンにちゅっちゅしてもらいたかっただけ…




 リプレイ





 
 秘密の集会所は、やがて訪れる契機への期待ではちきれそうだった。あちこちに撒かれた火種は徐々に炎になりつつある。酒場は喧噪があふれているが、どこか不自然さが垣間見えた。秘密の会話をかき消すために作り出されたような。
 騒ぎの中心では、コンブフェールがいつもより熱っぽく演説を繰り広げる。彼は流行病が国家と民衆に何をもたらしたかについて大いに語る。医学部の学生達の動きについて報告するのも忘れなかった。みな彼の一言一句に聞き入っていた。ざわめきを演出している連中も、耳ではひそかに柔らかく力強く響く声を追いかけている。
 興奮のなか、アンジョルラスはずっと口を閉ざしていた。深い瞳は何時にも増して物思わしげな色を宿している。テーブルに肘をつき、指を組み、じっと黙ってコンブフェールの言葉に耳を傾ける。少なくとも、周りにはそう見えていただろう。

「アンジョルラス、我々の協力者については、君が一番詳しく把握しているね。君はどう思う?」

 急に水を向けられて、アンジョルラスは目を見開いた。視線を上げれば、熱気にあふれたまなざしがいくつも注がれる。期待に満ちたその光と、紅潮した頬。アンジョルラスは思わず言葉を詰まらせた。
 身の内に籠る得体の知れない熱を吐き出す必要があった。彼はひとつ短い息を吐くと、少し思案してから立ち上がり、厳かに口を開く。ずっと前から答えを用意していたみたいに、よどみなく言葉が紡がれる。彼のやわらかいが確かな芯を孕んだ声は、その場にいた者すべての心を惹きつけた。みな彼を見つめ、神託を聞き漏らすまいと見守っている。
 だから、アンジョルラスは奥のカウンターなどに目を止めるべきではなかったのだ。

 果物籠に放り込まれた林檎の果実。
 列の崩れた葡萄酒の瓶の数々。
 吸い殻の積もった汚い灰皿。
 いつも例の男が入り浸っているカウンターだ。けれど、今夜に限って男の姿はない。それを認めた途端、アンジョルラスの心臓は大きく脈打ち、言葉が奪われた。煙草と葡萄酒の混じった渋い香りが掠めた気がした。
 彼が言葉を止めたのは一瞬のことで、すぐに何事もない様子で言葉を繋ぐ。けれど、思考はすでに別のところにあった。
 唇を動かすたびに、あの体温がよみがえりそうになる。我慢できない、と噛みつかれた痛みが思い出されて眩暈をおぼえる。
 
 昨日、あのカウンターで。

 一度思い出してしまえば、もうだめだった。口から出る言葉がうわすべりしてゆく。
 昨晩遅く、カウンターに俯せに寄り掛かって眠る酔っ払いを揺り起したのだ。それがいけなかった。
これまで何度か、いわゆる口説き文句を聞かされたことはある。けれど女と間違えた酔漢の戯言と呆れるだけだった。だが、アンジョルラスはきっと、もっと真剣に受け止めるべきだったのだ。
 二人きりの夜のミュザン、酔っ払いは切実な熱っぽいまなざしでアンジョルラスをみつめて、また愛をささやいた。けれどアンジョルラスの耳にはほとんど入っていなかった。とにかく早く帰らせたくて、彼の肩を抱くために少しだけ屈んだ。その時、ぐっとタイが引かれたのだ。

 アンジョルラスは無意識にタイに指を添わせていた。みな彼の一言ひとことに聞き入っている。みなの視線が彼に集まっている。それなのに、アンジョルラスは初めてふれた唇のやわらかさと、アルコールの香り、かすかな煙草の匂いを思い出しているのだ。熱のこもった声が、頭の奥深いところで反響する。

『……アンジョルラス』

 自分の名前が、あれほど熱っぽく空気を震わすのを聞いたのは初めてだった。思わず耳をふさぎたくなったが、実際に声がしているわけではないのだから、意味がない。声はタイに触れた指先をしびれさせる。甘く全身の血が重たく感じられ、かわいた唇を舌で軽く湿らせた。すると、また別の感覚がよみがえり、彼を苛む。
 舌の先をくすぐられ、きつく吸われると声がこぼれた。耳朶を指先でなぞられる。舌を勝手に扱われるたび、濡れた音が響いた。やわらかく、酒で火照ったグランテールの舌はなにか別の生き物みたいに絡みつく。軽く唇を食まれたとき、ついにアンジョルラスの膝が折れた。抱きとめる胸から心音が響いた。その速さに驚いてみつめると、グランテールはほほえんだ。その笑顔が泣きそうに見えたのは、気のせいだったのだろうか。
 
こんなことを考えるべきでないと、頭では十分わかっていた。
 ここは主義の場であって、個人的な、ましてそういったつまらぬ感情を持ち込むべきではない。わかっている。平静を装おうと努めたが、頭のなかでは、もうずっと彼に口接けられている。軽蔑すべきあの懐疑家に、心も思考も囚われ、息が苦しい。

「どうしたんだい?」

 コンブフェールの呼びかけに、彼はようやく自分の言葉が途切れていたのに気がついた。

「体調がすぐれないのかい?」

肩に手を掛けられる。それだけで全身が震えるのを、僅かに残った理性でなんとか抑え込む。

「いや、大丈夫だ」

 アンジョルラスはその場に腰を下ろし、ふたたび黙り込んだ。
 空のカウンターが気になって仕方ない。きっと、どこかほっつき歩いて飲みに行っているのに違いなかった。また女を口説いているのかもしれない。ちょうど昨日、アンジョルラスにそうしたように。
 どうってことないはずなのに、胸がきしんだ。


 胸の痛みの理由も知らぬまま、彼はカウンターに残された葡萄酒の瓶を、いつまでも眺めている。








(2013.05.20)


ねっとりキス描いてみたかっただけです。
ねっとりの方向性を間違えた気がします。これはムッツリだ。
っていうかあんまりちゅっちゅしてない…おかしい…

グラアンもっとちゅっちゅしろ。