※CAUTION※
◎まろんぐ様が描かれていたリク企画の作品から、勝手にインスピレーションさしていただきました。
【まろんぐ様の素敵元作品:http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=35911242
◎作品のイメージを目指してリリカルなグラアンにしたかったのに…なにかおかしい…
◎本当はメインの花を薔薇にしたかったん…ですが





 花冠




 哀れな酔っ払いは背をまるめ、テーブルに肘をついていた。
 まだ昼間なのに、いかにもねむそうで、腫れぼったい瞼がなんとか半分ほど開いている、といった具合だ。ときどき、思い出したように葡萄酒の瓶に口をつける。鉄っぽい渋味と葡萄の甘さが舌でとけあって、甘い痛みで思考を痺れさせる。彼の頭の中では、パリじゅうの美味い店や可愛い娘、数学以外の知識と、人生に対する疑いがアルコール漬けになっていた。そしていま、その酒浸りの頭が考えていることは、ただひとつ。

 彼の陣取ったテーブルには、粗末な花瓶が飾ってある。
 遅咲きの白椿と早咲きの菫を花瓶に活けたのは、心優しきプルーヴェールだ。彼はほかにも、野で摘んだ鈴蘭や秋桜、みずから手を入れた真紅の薔薇、降誕祭にはポインセチアのちいさな鉢植えを珈琲店に持ちこんだ。花瓶は粗末でも、花は美しかった。
 季節ごとに色を変えるこのテーブルに座るのがグランテールの気に入りで、花の持ち主を差しおいて特等席にしていた。酒樽が嬉しそうにするので、詩人は控えめにはにかんで、それを許していた。ときには花の名前を教えたりもした。めずらしい紫陽花や豪奢な牡丹、つるの巻いた朝顔。夏には大輪の向日葵をながめ、新学期には秋桜を愛でるのだ。

 葡萄酒の香りにため息をこぼし、グランテールはすっかり重たくなったまなざしを持ちあげる。首が傾いでいるので、視界の水平がずれている。そこにぼんやり白と紫と薄紅花びらがうつった。うすい花びらの描く繊細な造形は、アルコールのせいで霞んでぼやけ、ゆれている。ちょうど良い具合だ。グランテールは菫にそっと鼻先を寄せ、ゆっくりと、視線をさらに持ちあげた。
 花びらのむこう側には、なんとかいう革命家について滔々と語る青年の姿が見える。
 神秘的な双眸は自由の姿を映し出し、唇は革命の真理をのせて薔薇色に色づく。長いブロンドがゆるく束ねられ、光をまとってゆれる。彼がもっとも輝く瞬間だ。
 グランテールはこの席で、このときを待っていた。つまり、ここから眺めると、アンジョルラスが菫や椿をまとっているように見えるのだ。
 あのブロンドに、薄桃の唇に、白磁の肌に、深い瞳に。アンジョルラスがとりどりの花々を纏い、高らかに歌うように語り続ける。それはほとんど彼のくだらない妄想だったけれど、葡萄酒が夢と現実の境界を曖昧にしていた。酒でにぶった目には、祝福の花冠を戴いた天の御使いの姿が、遮るものなくあざやかにうつるのだった。彼を彩る椿も菫も、天使のブロンドを飾るためだけに咲き誇っているようだ。
 そして、そんなに美しく清廉なのに、本人はというと、その美しさにはちっとも頓着しないのだ。アポロンは花を纏っていることを知らないらしい。世の名画や彫像に息づく天使や神話の神たちも、みずからが美しい花々で飾られていることに気がつかないのかもしれない。
 この特等席について、彼は誰に話していない。言ったところで笑われるだけだったし、それに、そのアンジョルラスの姿は、誰にも見られたくなかったのだ。

 いつの間にか、酔っ払いは眠っていたらしい。
 夢の中ではアンジョルラスが微笑んでいた気がした。グランテールにむけてではない。風にゆれるチューリップ、小さなパンジー、カーネションの真紅、淡くけぶる桜の花びら。春の花々に囲まれて、自由を夢みて微笑んでいた。夢の中でもこちらを見てくれないのが何とも彼らしく、しあわせな夢だった。
 目がさめたのは、不意に顔に影が落ちたからだった。意識が浮上すると同時に、剣呑な気配と鋭い視線が突き刺さるのを肌に感じる。案の定、アンジョルラスが見下ろしていた。

「やあ、おはよう」

「昼間から酒浸りになるのも、眠ってしまうのも好きにすれば良いだろうが、君の鼾と寝言がちょっとした障害になっているんだ。寝るならよそに行ってくれ」

「どこで酔っぱらったって、俺の自由だろ」

「そうだ、君は自由だ」

 アンジョルラスは椅子を引いた。木の脚が擦れて乾いた音を立てる。見下ろしていた青い瞳が、今度は正面からグランテールに厳しい眼差しを投げかけた。

「だから、わざわざこんな奥の部屋で飲まなくたっていい。店のおもてに行ったらどうだ」

「わかってないな、それじゃ君がいないじゃないか」

 グランテールが笑うと、アンジョルラスはすこし眉を吊りあげた。一瞬、戸惑うように視線を泳がせてから、大きなため息をこぼす。

「……飲み過ぎだ。頭に花が咲いてるみたいになってる。まさにバッカスだな」

 心底呆れたその口調に、グランテールは愉快そうに大声で笑った。笑いながら、花瓶の菫を一輪だけ抜きとる。茎から垂れる水滴を、シャツの袖でそっと拭った。

「花ならアポロンのほうが似合いだよ」

 がさがさした指で、繊細なブロンドに菫を挿してやる。アンジョルラスの髪に可憐な花が咲いた。その出来にグランテールは満足する。

「よしてくれ」

 口を尖らせるが、アンジョルラスは所在なさそうにするだけだった。本当なら花を突っかえされ、投げつけられていたかもしれない。けれど、そうならないだろうことをグランテールは知っていた。その菫がプルーヴェールが丹精込めて育てたものだと、アンジョルラスも承知していたからだ。
 厳しく潔癖な革命の申し子が、少々不器用なりに、静かにひたむきに仲間を想っているのを、よく知っている。戸惑いがちにそっと花びらにふれる姿に、自然、笑みがこぼれる。

 花より美しい姿はもちろんだが、俺は君のそんな真摯な心が、何より好きだ。

 グランテールはそれだけはなぜか口にせず、胸の奥だけで囁いた。








「あら、大文字Rじゃない。ごきげんよう」

 鈴を転がすような声に振り向いた。なにしろ、声の主はこのあたりで一番の美人と名高い女工だ。

「やあイルマ。今日も君は綺麗だな! 一緒に夕食でもどうだい? この前見つけたいい店があるんだ。あそこのムール貝の料理が最高なんだ。きっと気に入るよ」

 もったいぶって彼女の小さな手を取るが、美女はいやだわと笑い、やんわり手をはなしてしまった。そのとき、彼女は何かに気が付いて、酔いどれの醜男の手を覗きこんだ。

「あら? あなた、いいもの持ってるのね。それを頂戴よ、そしたらお茶くらい付き合わなくもなくてよ」

 いたずらっぽい笑顔は、自身の美しさをよく知る者のそれだった。男ならば誰だって絆される微笑み。グランテールも例に漏れず、何度も口説いたし、彼女のわがままだってなんでも聞いてやった。もっとも、見返りはなかったが。
 しかし今日、グランテールは彼女のわがままに初めて首を横に振った。

「ごめんよ、イルマ。これだけはどうしても駄目なんだ」

 彼は手にした菫の淡い色をみつめ、恭しく口接けした。

「まあ、気障ったらしい」

 彼女はおかしそうに、そして少し呆れたように笑ってから、じゃあねと手を振って行ってしまった。軽やかな足取りで通りをゆくうしろ姿に手を振りかえす。
 また振られてしまったのに、彼は妙に満足そうな笑顔を浮かべていた。
 それは葡萄酒のせいだったかもしれないが、脳裏にうかぶ菫の花冠の天使が、戸惑いがちに頬を染めたせいかもしれない。








(2013.06.05)

ちょっと強引ですが、全部の花を詰めてみました。
もっとEをデレさせて、ちゅっちゅあんあんゆわせたかったんですが、あえなく失敗しました。
それでリリカル目指したのですが、これも……
グランテールが変態妄想ストーカーになってしまったのは、書いてる人がそうだからです。仕様です。

まろんぐ様、作品の私の妄想へのご使用許可、本当にありがとうございました!!