「名もなき引力」
2009.10.11 OUT
オフ68p \600
18禁
銀桂

一応なんとなく、紅桜篇をリスペクトした銀桂シリアス。
過去から紅桜後までの、二人のたどってきたものを、かかわりの深い人々が語ります。

大変ぬるいですが、性描写を含みますのでご注意下さい。
十八歳 〔坂本〕


つい先日、虫の声が変わり始めたころの話だ。
坂本は偶然、銀時と桂が打ち合いをしているのを見かけた。彼はちょうどいくさで汚れた身を清めに湯浴みをしようと渡り廊下を歩いていたところだった。
鼻歌を歌いながら手ぬぐいを振り回していると、廊下のむこうの庭で竹刀を構える二人が見えた。ごくごく気楽な様子で刀を交えている様子は、幼馴染の気楽さゆえか、とても微笑ましいものに映った。稽古でもないので、防具もつけていない。桂が右に払ったところで銀時がそれをぴたりと止める。そんなことを緩慢に繰り返す。息が合いすぎていて、いつまでも決着がつきそうにない。そもそも決着をつける気もなかったのだろう。
声をかけようと思ったが、聞こえてきた銀時の声で躊躇した。
「ヅラ、この前の、な」
微笑ましい情景にはあまりふさわしくない、切実な声色だった。
「ヅラじゃない」
「それはいいから」
ぱん、と乾いた音をたてて、竹刀は二人のちょうと真ん中でせめぎあっている。急に二人の空気がかわった。二人以外には何も存在していないような、張りつめた空気。坂本はしぜん、息をひそめた。ここにいてはいけないと本能的に悟ったが、今動けば逆に気づかれてしまう。
「二度と、あんなこと言うなよ」
「…」
「死ぬな。お前は死なない、絶対」
「銀時」
「そんなの、許さねぇから」
「…わかってるさ」
桂の言葉がぞんざいになったのを、坂本は後にも先にも見たことがなかった。
二人の視線が形になって見えるようだった。そのくらい濃密な視線が交わされる。それで気づいた。
この二人は愛し合っているのだ。
すぐにその濃密な空間は消え、二人はいたってほのぼのとした打ち合いを再開する。けれど何となく邪魔をしがたくて、彼は廊下をずっと遠まわりして湯殿へむかった。
惚れたのなんだのと言葉を交わしていたわけではなかった。まして、くちびるを深く合わせていたのでもない。かたく抱きしめあっていたわけでも。それでも坂本は確信した。
彼は昔からよく人を見ていた。おおらかで大雑把、人が好きな坂本は、いつも輪の中心にいて、豪快で能天気にアッハッハと笑っている男だ。だが彼は中心にあってなお、常に俯瞰的に皆を見つめることができる。だからなんとなく、人の考えていることが読める。あの二人のことはいつも見ていたし、考えてみればいくらでもその片鱗は見つけられた。
言ってくれりゃあいいじゃろうになあ。
二人のささやかで可愛らしい秘密に、ちょっとだけ坂本は寂しくなった。




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二十七.四歳 〔新八、神楽〕


橋田屋からの帰りに買い物も済ませた二人が戻ると、万事屋の戸は開いていた。なにやら言い争う声が聞こえてくる。
二人がいぶかしんでちょっと顔を見合わせ、そのまま階段を上っていくと、声はすぐに止んだ。
のぞきこむと、玄関先では銀時と桂がむきあっていた。いつものアホすぎる言い合いとは違った二人の様子に、気安く声をかけるのがためられてしまう。銀時が二人に気がついたので、桂も振り返り、いつものように生真面目に挨拶をしてきた。入るように銀時に促されて二人は玄関をくぐる。銀時は神楽に軽口を叩き、神楽はそれにさらに毒を盛って返す。桂が口を挟み、新八がつっこむ。ごく自然にいつもの調子が戻り、ホッとすると同時に、彼にはなんとなく先ほどの二人のやり取りが気にかかった。
神楽が桂を引き止めたが、彼は首を振り戸をくぐった。桂の去り際、銀時が誰に向けるでもなく小さく舌打ちをした。いつにない複雑な色がその目に浮かんでいる。苛立ちといおうか、焦燥といおうか。もどかしそうに眉が寄せられていた。
「…何か、あったんですか?」
「ん?いや、何もねーよ」
新八が覗き込んだときには、もういつものとぼけた表情になっていた。



スーパーのビニール袋から冷蔵庫に野菜やら飲み物を仕舞う。テレビをつけると、何の変哲もないワイドショウが流れていた。最近話題のキーワードの特集コーナーの時間で、今日の特集は「婚活」だそうだ。新八はふと先ほどの下らない考えを思い出した。
「そういえば銀さん、結婚とかしないんですか?…まあ、はっきり言って全くできなさそうですけど」
ビニール袋を綺麗にたたみながら尋ねてみたが、返事がない。テレビ画面を見ながらぼんやりしている。
「銀さん?」
「銀ちゃん、何ぼーっとしてんだヨ」
「え?あ、ああ」
どうやら銀時は考え事に夢中で聞こえていなかったらしい。銀時が考え事を。どこか悪いのかと思わず心配してしまうのは、神楽も同じだったようだ。
「まさか銀ちゃん、婚活なんて考えてるんじゃないだろーナ?」
「ハァ?なんでだよ」
「いや、銀さんが真剣にテレビ見てるから…」
ワイドショウでは婚活中の女性のインタビューが映っている。歳は銀時と同じくらいに見える、そこそこ綺麗な女性だ。空色の着物がよく似合っている。早口で質問を投げかけるリポーター相手にもひるまず、極上の笑顔で答えている。相当合コンで鍛えているのだろう、彼女の笑顔には一点の曇りもない。
「銀さんだって、こう言っちゃなんですけど、そんな年齢じゃないですか。どうするのかなーと思って」
単なる好奇心で聞いてみたのに、銀時は茶化すこともなくちょっと黙ってしまった。神楽が銀時の気配を敏感に察して一瞬複雑そうな顔を浮かべる。
しばらく無言だった銀時は、急に勢いよく立ち上がり、二人にはまったく構わず玄関へむかってしまう。いきなりどうしたのかと追いかけた新八に、銀時は一言、「出かけてくるわ。帰り遅くなるから、悪ィけど神楽、泊めてやってくれや」とだけ残し、理由を聞く暇すらなくいなくなってしまった。
「銀ちゃん、どうしちゃったアルか」
「…僕にもさっぱりわかんないよ。神楽ちゃん、銀さん遅くなるんだって。今日はうちにおいでよ」
神楽が寂しげに頷いた。
思い当たるのは、先ほどの桂とのやりとりだ。また何か事件にまき込まれているのだろうか。
あの二人のことは、知っているようで謎だらけだ。だいたい、仲が良いのか悪いのかもはっきりしない。
昼過ぎから雲行きがあやしかったが、とうとう降り出したらしい。強い雨音が万事屋に響く。
「銀さん、傘持って行かなかったけど、大丈夫かな…」
つぶやく新八の声は、雨音にかき消されてしまった。




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二十七.九歳 〔土方〕


パトカーが駐車場に着いたのは、十七時半を少しまわったころだった。一段と日が短くなってきているので、夕方といってもあたりはすでに暗い。
先だっての攘夷派同士の内紛があってから、連中に大きな動きはない。当事者であるニ大派閥はもちろんのこと、他の派閥にもめだった動きはなかった。おそらく真選組が目を光らせていることには気づいているのだろう、連中も馬鹿ではないということか。
そんなわけで土方は、今日はパトロールといいつつ松平の古くからの知り合いの、なんとかいう金持ちのご機嫌取りに行ったり、例のごとく志村道場にストーキングに行ってしまった近藤を連れ戻したりなんだり、平和に過ごした。途中何度か沖田に命を狙われるシーンもあったのだが、まぁだいたい、単なる平和な一日だった。
大して労働もしていないが、こうも暇だと逆に疲れる。無駄に凝った肩を叩いていると、前を歩く沖田が急に足をとめた。
「どうした?」
「…万事屋の旦那じゃねぇですかィ」
 屯所の正面口に突っ立っていたのは、あの白髪頭だった。
万事屋が立っているのは、正確に言えば屯所前の掲示板の前だ。いつもの微妙な猫背でぼんやり掲示板を見ている。その上に点いた電灯が、例の白髪頭を浮かび上がらせていた。
「ん?ああ、総一郎君、大串君」
「だから違うっつってんだろ」
「旦那、こんなとこで何の用です?悪ィけど今日はもう業務時間外でさァ」
本当は定時は十八時だったが、厄介ごとに巻き込まれたくない土方はあえて沖田の言葉を訂正しなかった。
「いや、用はぶっちゃけ一ミリたりともないんで。失礼しまーっす」
そそくさと立ち去ろうとする万事屋の姿に、土方は何か引っかかった。掲示板を見ると、攘夷浪士の手配書が掲げてある。それで土方はぴんと来た。
「オイ、待てコラ」
「あぁ?人に話しかけるときはもうちょっと丁寧にしなさい公務員さんよォ。そんなんだから窓口はいつもドス黒い空気に満ちてんだよ?」
「テメェ、やっぱなんか知ってんだろ?」
「知ってるって、何が?何を?」
「いつまでもトボけてんじゃねェぞ。…桂だ」
この男が先の攘夷派の内紛で桂に加担していたという情報は既に入っている。だが、山崎からの報告が役に立たず、結局裏付けが取れていなかった。二人が連れ立っているのを見たのは、一番最初にこの男を見たときのただ一度きりだったが、土方には桂とこの男の間に何らかのつながりがあると確信めいたものを抱いていた。
「カツラ?え、なに、俺のコレは地毛ですけども?ケンカ売ってんのかコノヤロー」
「ハァ?ちげーよ馬鹿野郎が。攘夷派の桂小太郎だ。知らねェとは言わせねェぞ」
「はあ、まー手配書は見かけますけどね。本人はてんで見かけてねーよ」
万事屋と視線がかち合う。まったく動揺を見せないのは、本当に知らないのか、はたまたよほど神経が図太いのか。おそらく後者に決まっている。だが今の土方には、この男を問いつめられる証拠がない。
「テメェはつくづく厄介だな。ルパンかよ」
忌々しげにつぶやくと、万事屋は一瞬きょとんとして、それからぐっとなにかこらえるように複雑な顔で笑った。
「なんだよ、キモチわりィな」
「…ルパンじゃねーよ、万事屋銀ちゃんだ」
男はそう言って、もういいだろうと背を向けた。




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二十七.九歳 〔銀時〕


今日はめでたくも彼の誕生日だった。
誕生日だというのに、彼は子供たちに追い出され、「何があっても十八時まで絶対に帰ってくるな」との命令を受けたのだから、たまったものではない。年中暇にはしているから、暇の潰し方ならいくらだって知っている。知ってはいるが、残念なことに金がなかった。パチンコだって漫画茶屋だってなんだって、先立つものがなければどうしようもない。金がないなら居場所もない、なんと世知辛い世の中であることか。
そもそも何故彼がそんなお達しを受けたのかというと、サプライズパーティの準備のためだという。
「サプライズって、先に本人に言っちゃってるし」
サプライズでもなんでもねーだろが、とつっこんでも、聞いてくれる者はなし。もういい歳なのだから、めでたいことでもないので居心地が悪い。パーティーなんていらないから、家でダラダラさせてくれ、というのが彼の実際のところだ。
そういったわけで、彼は朝からコンビニで一時間、フラフラ歩いて二時間、団子屋で無駄話を一時間、といった具合に、大変に非生産的な一日を過ごした。もうどこにも居場所がなくなってしまったので、仕方なく公園で居眠りをしていたところで例の生き物に遭遇し、そこから遠回りして家に戻る途中で真選組に遭遇し、今にいたる。

昼間は陽射しが強いくらいだが、この時間にもなるとさすがに肌寒い。彼は腕の鳥肌を何度もさすった。少し跡が残っていたが、傷はすっかり回復している。
彼は先ほどのあの生き物とのやりとりを思い出していた。
「なんなんだよあのペット…あームカつく!あの態度はマジでないわ」
今日のあの生き物は銀時に対してとんでもなく横柄だったので、彼は少なからずショックを受け、また腹を立てた。彼は口の中だけでぶつくさ文句を言う。
「アイツ、ヅラに媚び売りすぎじゃね?猫被り過ぎだろ。なんでヅラはアイツの本性に気付かねんだよ。バカだからか?…バカだからか。大体アイツはヅラなんかに取り入ってどうしようってんだ?どこがいいんだよあんなバカ」

…本当に、あんなバカのどこがいいんだか。



銀時は、己に言葉が足りないことをよくよく知っていた。おまけに手も足りていないことも。一見すると器用そうに見えるこの男、実は両手で抱えられる分すら、守りきるのもままならない。
また人の心の機微というものにも、聡いようでうっかり疎い。他人の心境ならば、ある程度客観的に見ることができる。だが彼は、とかく自分の感情が関ってくると、これがてんでだめなのだ。
鍛冶屋の兄妹に、偉そうに説教を垂れた。彼らの痛みはよくわかる。たいそうなことぬかしてんじゃないよ。そんな言葉は考えずとも出てきた。
それなのに、傷を受けてなおまっすぐ立ち続ける幼馴染の姿に、弟みたいに育った男に刀を突きつけるその姿に、言葉がなかった。顔を合わせた第一声すら、考えに考えたのに、出てきたのは髪を茶化すセリフだった。その髪の理由なんて、痛いくらい知っているというのに。本当のことを言わない桂に、ぐっとこみあげるものを抑えるのがやっとだった。
そういうわけで、あんな大事件があって、久々に魂を触れあわせたというのに、パラシュートを降りた後も、結局二人とも大事なことを何一つ言えぬまま別れたのだった。最後にまともに顔を合わせたのはいつだったか。あの雨の日以来だから、もう三月も経っている。
 あの日、桂は抵抗もせず付き合ってくれたとはいえ、ほとんど強姦に近いやり方だった。いつまでも冷めたままの体に、「言葉がなくても気持ちは伝わる」などと思い上がっていた銀時はあっさり打ち砕かれ、結局桂も彼自身も傷ついただけで終わった。
銀時は兎角、桂が絡むと自分がわからなくなる。いつもなら考えずに飛び出してくる言葉も、うまく使えない。肝心な言葉はいつだって言えないままだ。あの日桂が口にした言葉は、今までの二人の関係をまったく無にするものだった。もちろん、言葉を封じてだらだらと関係を続けていたのだから、桂にとって彼との関係は恋愛の範疇に収まっていなかったのかもしれない。もちろんすべてずるい自分のせいだったが、それでもその言葉は銀時を傷つけるのには十分だった。それきり桂は、あの事件が終わった今も、万事屋を訪ねてこない。

ペットが一人でほっつき歩いているならば、飼い主は元気にしているということだ。また懲りずにどこかで会合にでも参加しているのに違いない。それで気が向いたら万事屋を訪ねてはうるさく勧誘しだすのに決まっている。それならば放っておくに越したことはない。
だが銀時は、さっきから無意識に桂の姿を探している。まだ住んでいるだろうと訪ねた小さな長屋には、もう別の親子が住んでいた。以前のバイト先のキャバクラや、かまっ娘倶楽部にも顔を出したが、皆ここしばらく、桂の姿は見ていないという。
蕎麦屋を前をわざとゆっくり通り過ぎる。屋根の上を見ながら歩く。橋の上の托鉢僧にどきりとする。まさか捕まっていないよな、と立ち寄ってみた真選組屯所はいたって平和そうで、手がかり一つ落ちていない。
本当に会いたいときに限って会えないというのは、一体どういう了見なのか。
銀時が苛立ちを募らせたところで、屯所前の掲示板に気づいた。攘夷志士の手配書がいくつか貼ってある。『この顔に ピン!ときたら 一一〇番』と、使い古された文句の書かれた手配書を、彼は食い入るように見つめた。
銀時が無意識に探していたのは、桂の長い黒髪だったのだ。
違う。あの長い髪はもうない。
見当違いの影を探していた銀時には、もとより見つけられるわけがなかったのだ。




(To Be Continued…?)
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