「初恋」銀桂
2010.08.14 OUT オフ52p \500
表紙イラスト:ウヅキ アオイ様(JOY LOG

なんとなく苦手に思っていた銀時に、段々退かれ、離別するまでの桂の話。
テーマは「報われない片想い」。銀桂と銘打っていますが、8割は戦う桂さんです;でも銀桂と言い張ります。
(caution)
※ かなりオリジナル設定が入っております。
(特に歴史関係はオリジナル色強過ぎです…不勉強で申し訳ありません…!)
※ さらっと流したつもりではございますが、桂さんが遊郭に行ったりしております。
※ そして、バッドエンドではありませんが、ハッピーエンドではございません。
以上を踏まえていただき、苦手な方に於かれましては十分ご注意頂きますよう、よろしくお願い申し上げます。



 初めて会ったのはいつだったか、実のところ桂はあまり覚えていない。記憶に霞がかかるくらい、遠い出来事となってしまったからだ。
 おぼろげながら脳裏に浮かぶ幼い銀時は、例のぼさぼさ髪が伸びきっていて、体に見合わぬ太刀を抱えていた気がする。ただ裸足で、爪の先がみじめに黒く汚れていたのは、よく覚えていた。それを見て高杉が哂ったからだ。多分、それを咎めたのだったように桂は思う。が、そのあたりから、すでに記憶があやふやになっていた。
 そもそも、互いに互いをそんなに好きでなかったのだ。学び舎こそ共にしていたが、実際のところ深く話をしたことは多くなかった。決して憎く思っていたのではない。無視していたのでも、無関心であったわけでもない。気になる存在ではあるのだが、どうにも合わない、それだけだ。
 ただ、廊下だとか道端で、よくすれ違うことがあった。けれどそれは本当にすれ違うだけで、銀時は桂のことを見なかったし、桂も銀時の目を見ることは、ほとんどなかったように思う。
 年齢を重ねるにつれ、銀時はいつの間にか飄々とした態度を身に付け、別人のような顔を見せるようになった。そのくせ急に距離を縮めてふざけたりする。桂には、この男は一生理解できないように思われた。互いに意識しながら、互いに声をかけることはほとんどない。永遠にすれ違ってゆく。
 そういうものだと、ずっと信じていた。


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 幸い土砂崩れの規模は大きくなかった。それでも崖の下に張られた天人の陣はすべて飲み込まれ、崖は崩壊してすっかり形を変えていた。二人が先に逃がした仲間達は、皆茫然と立ち尽くしてその崩壊する様を見つめていた。息を切らして戻ってきた桂と銀時に気づき、ようやく正気を取り戻す。
「桂さん!坂田さん!」
 呼ばれて駆け寄られた瞬間、二人は同時に地べたに崩れ落ちた。膝が笑って力が入らない。背にした草は雨水をたっぷり含んでいるが、すでに全身濡れている桂には気にならなかった。目を閉じて体を横たえる。
「桂さん、お怪我が」
 言われてようやく、斬り付けられたことを思い出す。思い出した途端、安心したせいか、急に傷が痛み始めた。
「いや、大したことはない」
 言ってみたものの、思いのほか深く斬り込まれていたのか、傷口からは体液が流れて地面に落ち、脈打つのを感じた。
「はやく手当を」
 破れた上衣がそのまま引き裂かれる。むき出しの傷口になけなしの布が当てられ、拭われた。傷口を見ないように、桂は深く目を閉じていたが、夕陽の当たっていた頬が不意に翳って、目を開けた。返り血と泥で、桂と寸分違わずぼろぼろの銀時が覗きこんでいる。
「ああ……すまない銀時、助けられたな」
「ホントだよ。オメーがボサっとしてっから、」
 銀時は相変わらず憎まれ口をたたく。
「何ヘバってんだ、情けねーな」
「貴様だって息あがっとるだろーが。っあいたたた」
 うっかり挑発に乗せられかけ、体を起こそうとしたら傷口に衝撃が走った。桂はまた地面に縫いつけられる。傷口はまだどくどく脈打って疼き、致命傷でもないくせに、四肢の自由を奪っている。
「そんなもん、ツバ付けときゃ治んだろ〜?」
 言って銀時は、何を思ったか桂の傷に口を付けた。
「!」
 体中に響く痛みの中に、突然あたたかくやわらかい感触が混じる。銀時はそのまま、血の流れる傷口をぺろ、と舐めた。
「ぎょわっ!!」
 強烈に痛いのにくすぐったいその感触に、桂の脳は混乱した。思わずおかしな悲鳴を上げ、ぼさぼさ頭を突っぱねる。
「何をするかァァ!手負いの身をくすぐるなど、どんな嫌がらせだ貴様!」
「ほら、やっぱへーきそうじゃねーか」
 銀時は悪びれもせず、ニヤニヤ笑い、血の付いた口元を乱暴に羽織の袖で拭った。白い羽織についた色を見ると、どうしたって傷む傷口を余分に意識してしまう。眉間に皺を刻んで桂は目をそらした。
 駆け寄った仲間は、すぐになけなしの血止めを施し、そのうち一人が羽織を桂の肩にかけた。羽織は水を吸って随分重たかったが、もう気にもならない。
「全員撤退するぞ!」
 銀時は倒れこんだ桂を置いて立ち上がり、声を張る。もうここには桂と銀時しか統率をとれる者はない。
「桂さん、あの……」
 恐る恐る声をかけてきた男に、桂は静かに首を振った。
「連れ戻そうとしたが、間に合わなかった」
「そんな、」
「なんとか見つけてやりたいが、まだ危ない状況だ。……難しいだろうな」
 桂の静かな言葉に、残っていた者の顔に暗い影が落ちる。
「俺の力不足だ。すまない」
「バカじゃねーの?テメーの力不足なんて、んなもん今更過ぎてカンケーねーだろ」
「銀時」
 銀時は重苦しい空気をまるきり無視して背を向けた。
「つーか疲れたわ。テメーら、とっとと帰んぞ」
 泥が跳ねていても、白夜叉の羽織はやっぱり白くはためいていた。まもなく日は落ちる。茜に深い夕闇がにじんで、美しく禍々しい。
 幸か不幸か、銀時と共に戦場に立つたび、妙に息が合うのを感じる。幼い頃から共に過ごしてきたせいか、考えずとも互いの癖は大方理解していたし、戦場での判断の仕方もわかる。だから息が合うのは当然のことだった。仲が良いから戦いの息が合う、というものではないらしい。
 初めこそ桂に合わせて戦い方を変えているのか、と勘繰り、苛立ちを感じたこともある。だがそうではないと、最近になって気付いた。合わせる余裕もないくらい、戦局が厳しければ厳しいほど、息が合う。本当に戦いにおいての相性がいいのだ。
銀時はただべらぼうに強いだけでなく、咄嗟の判断力、回りを見る力に優れていた。桂の思惑を瞬時に察し、己のすべきことをするだけだ。そして見返りも報奨も求めない。
 何かと桂の癇に障ることばかりしでかし、注意してもつっかかってくる。そもそも桂の話や小言に耳を貸す気はないのだろう。何を考えているのかさっぱりわからない。きっと、桂のことが嫌いなのだということだけは、なんとなく感じていた。だが戦場に立てば、同じ陣営として生きるのみ。嫌いだのなんだの、そんな感情は、生き死にには一切かかわりがない。今回のことも、おそらくこの二人であったから成し遂げられたのに違いない。

 白い羽織は夕暮れに染まっている。引き上げる道すがら、陽がすべて落ちるまでずっと、なんとなく桂はそれを見ていた。




To Be Continued…



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