ゆく年 くる年
銀時×桂 18禁
2010.12.30 OUT オフ36p \300

クリスマスあたりから年明けまでの、銀桂の小話集です。(時間軸はつながっています)
あまり会えずにいる二人と、そんな二人を無意識でかき回すマダオがテーマです。
何も知らないマダオのせいで、二人がもやもやしてます。
「ちょっとデレてみちゃった銀桂」を目指してみました!
性描写は大変ぬるいのですがそれなり最中ではございますので、ご注意下さいませ。
「たのしいお仕事」


彼がパチンコ屋のティッシュ配りを始めたのは、今週に入ってからだ。いつものパチンコ屋の壁に、臨時バイト急募の貼り紙をみつけたのだ。これから年末を迎え、なにかと物入りになる。臨時とはいえ、せめてもの足しに、と応募したのだ。ダメでもともとのつもりだったが、時間の融通が誰よりも利く、というフリーダムさを買われ、すんなり採用が決まった。そんなわけで、大晦日までではあるが、彼は久々に定職者となった。
長谷川は店貸与の安いウィンドブレーカーを着込んでいる。いかにも、といったレモンイエローに、赤字ででかでかと店名が入っているやつだ。木枯らしは容赦なく吹き付けるが、いつもの甚平とは比べ物にならないくらい、快適だ。


駅前広場ではライブが始まったらしい。よく耳にするアイドルの声が聞こえてくる。ビルに反響して、はっきりとは聞こえないが、そのメロディラインには耳馴染みがあった。思わず口ずさみそうになる。というか、実際こっそり鼻歌を歌った。
アップテンポの曲に合わせ、軽快にティッシュを配る。リズムがいいからか、人が増えたからか、彼女の歌に気を取られているからか。先ほどよりも、ペースが上がった気がする。これなら、今夜のノルマはクリアできるかもしれない。世知辛いことに、ノルマが達成できないと、日給から千円減額される。これまで五日連続でノルマ未達成だったので、彼の闘志に火が点いた。
「パチンコ天国、ラストサムライでーす!ヨロシクお願いしまーっす!」
調子に乗って声を張り上げた時、道をはさんだ向こう側に、サンタの姿が見えた。どうやら同業のティッシュ配りらしい。慌てんぼうのサンタは、脇に置いた大きな袋からティッシュを掴んで配り歩いている。
「困るなァ……ここは俺の縄張りだぜ」
かぶき町は、ティッシュ配りやらキャッチセールス、さらにはしつこい客引き連中の激戦区だ。それぞれが縄張りを張っており、それを侵さないよう注意を払って行動するのが、暗黙のルールだ。
ノルマ達成の可能性が生まれ、急に男気が出てきた長谷川は、圧力をかけようと、能天気そうなサンタに近づいた。
「パチスロ暴れん坊将軍でーすよろしくお願いしまーす」
超まじめそうな顔でティッシュを配りまくるサンタ、それは見知った姿だった。風俗街には似合わない、すらっと伸びた長身。艶のある長い髪、整って真面目そうな顔つき。
「桂、さん?」
「……長谷川さん」
桂の頭には、お決まりの大きな三角帽が乗っている。顔が小さいのか、帽子の白いフワフワ部分が、やたら大きく見える。サンタ服は横幅が大分余っている。黒手袋には、ティッシュの詰まった籠がぶら下がっている。

桂の名前を知らないわけではなかった。役所に勤めていたら、当然出てくる名前だ。おまけに、町には写真付きの手配書が架かっている。ある意味、ちょっとした有名人だった。
その桂と初めて会ったのは、確か病院だったと記憶している。応援していた看護婦の想い人だと勘違いしたのだ。例の万事屋から名前を聞いた時には、さすがに驚いた。「狂乱」のイメージとは違ったからだ。その後も万事屋つながりで、ちらちら顔を合わせることがあった。彼はいたって真面目そうな男で、なんとなく話しかけづらく、はじめのうちは、ほとんど会話らしい会話などなかった。だがこの夏、たまたま一緒に遭難し、その後一緒に誕生日パーティに招かれたりしているうちに、気が付けば自然と会話が弾む仲になっていた。
入国管理局なんて、遠い記憶の彼方だし、彼自身、切腹の命から逃げ出した身だ。立場としては、桂とさして変わりはない。一緒に飲みに行くことこそなかったが、互いに心地いい距離を保っている。

「桂さんも、この辺で働いてるんだ?」
睨みを利かせるどころか、社交辞令しか出てこない。桂よりはじゅうぶん年上だが、この整った顔を見ると、なぜか腰が低くなる。
「ああ。昨日から、パチスロ暴れん坊将軍という店で、厄介になっている。長谷川さんは、どこの店の回し者だ?」
「俺は、パチンコ天国ラストサムライ。回し者っていうか、ただのバイトだけど」
「ああ、アレか、交番近くの」
「そうそう。ていうか桂さん、実はパチンコとか詳しいんだ?」
パチンコだのスロットだの、桂には縁がなさそうだと思っていたので、長谷川は少し嬉しくなった。だが桂は打ち消すように首を振る。
「いや、銀時がな。よく行くらしい。俺はこんなバイトをしているが、賭け事はしないからなぁ」
「そっか、そうなんだ。あ、銀さん元気?最近見かけてなくてさ」
「銀時か?さあ、知らんなぁ。俺も最近顔を見ていない」
「そうなの?仲良いから、知ってるかなって」
「仲良い?」
桂はぱちくり瞬きして長谷川をみつめた。
「アレ?なんか、マズいこと言っちゃった?」
意外な桂の反応に、長谷川はちょっと焦った。
実のところ、銀時と桂がどういった知り合いで、どんな間柄なのか、詳しい事情はまったく知らなかった。二人の様子を見ていれば、仲が良いことは明白だが、人にはそれぞれ複雑な事情がある。一見して仲良く見えても、もしかしたら蟠りがあるのかもしれない。銀時は、桂の話題が出た時には、よく「昔から」とか「もともと」とか、そんな言葉を使う。長い付き合いとは簡単に察しがついた。よく桂を殴ったり蹴ったりしているが、昔なじみ故の照れというか、気恥かしさがそうさせるのだと思っている。だが、もし本当は険悪な仲だったとしたら。知らない間に、気を悪くさせていたかもしれない。
「いや、全然マズくない。あらためて考えたことはなかったから、そういうものかと感心していた」
「そう?なら、よかったけど」
サンタはふと街燈脇の古い時計に目を止めた。
「ときに長谷川さん、今日の勤務時間はいつまでだ?」
時計は十時を回っている。道理で冷えるわけだ。
「俺は十一時までだよ。あともう少しかな」
「そうか、俺も十一時までなんだ。どうだろう、もしよかったら」
桂はくいっと盃を傾けるしぐさをしてみせる。長谷川は思わず悴んだ頬をゆるませた。


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「クリスマスのよるに」


いつも窓から侵入しようとしては叱られている。さて、今日はどうするべきかと桂は悩んでいた。窓から入った方がそれらしい。それに、きっと驚いてくれるに違いない。だが最近、どうにも銀時の機嫌が良くないように思えて、玄関の方がいいのかもしれない。と思案する。が、実際家まで来てみれば、そんなことは関係なかった。
窓の明かりは消えている。ギリギリで十二時までには間に合わなかった。もう寝てしまったのかもしれない。
十二時過ぎでも、銀時の寝室には明かりが点いていることが多い。桂は思い切って玄関の呼び鈴を鳴らしてみる。
とりあえず反応はない。念のため、十回ほど連続で押してみた。いつもは八回目あたりでドアが蹴破られ、銀時が顔を出すのだが、今日は足音も文句も聞こえてこない。留守か。
そろりと裏手に回る。カーテンの隙間を覗いたが何も見えない。明かりひとつ点いていない。
もう眠ってしまったのか、それとも仕事が長引いているのか。
「もしかしたら、もう少ししたら帰ってくるかもしれないな。ちょっと待たせてもらうか」
『大丈夫ですか?桂さん、そんな恰好で』
そこで桂はようやく自分が肌着一枚だったということに気が付いた。
「俺は昔から、どんな状況でも風邪を引いたことがないから問題ない。まあ、すぐに帰ってくるだろう」
そうして待つこと二十分。一向に誰も帰ってこない。
真っ暗な玄関口から見る夜空には、小さくとも星が浮かんでいる。冬の星はちかちか光ってきれいだ。
時々、下のスナックから酔っぱらい客が帰るのが見えた。
ふっと息をつくと、白くけぶる。
引き戸の開く重たい音がする。下は店仕舞いを始めたらしい。
「全ク、クリスマスナノニ、暇ナ連中バカリデスネ」
「おめーもだろ、キャサリン」
「ソウ言ウオ登勢サン、アンタモデスネ」
「あたしゃいいんだよ、仕事なんだから。……アンタはよかったのかい?上の連中のどんちゃん騒ぎ、行きたかったんだろ?」
「アンナ餓鬼ドモノ相手ハ御免デスヨ。アノダメガネノ家マデ行クナンテ、面倒デスカラ。ソレニ、店番ガオ登勢サン一人ジャ、頼リナイデスカラネ」
「何言ってんだい、百年早いよ!ほら、とっとと片付けちまいな!」
お登勢は慣れた手つきで暖簾を下ろす。引き戸が閉められると、もう二人の掛け合いは聞こえなくなった。
「銀時は志村道場に行っているのだな」
桂はぽつりとつぶやいた。エリザベスがのぞきこんで、『行きましょうか』と聞いてくる。それに笑顔で首を振った。
「寒いだろうエリザベス。俺のわがままに付き合わせて悪かった……帰ろうか」
でも、と食い下がるエリザベスの頭を撫でて、桂は立ち上がる。背負っていた袋から、小さな包みを三つ取り出した。手作り感あふれる包みは、桂が自分で包んだものだ。包み紙もバラバラだし、リボンもうまく結べているとは言い難いが、それなりに一生懸命包んだものだ。
「……昔から、あいつは裸足が好きでな。何度言っても、なかなか足袋を履こうとせんのだ」
桂は包みを三つきれいに揃えて、戸口に並べる。
「今回は、思わず履きたくなるような、愛らしいデザインの靴下にしたからな。これなら奴も履くだろうて」
階段を降りたところで、ちょうどすなっくお登勢の電気が消えた。
かぶき町でも、この界隈はわりあい閑静な場所だ。遠くにゆらゆら提灯の明かりが見えるくらいで、道には電柱の明かりと冬の静けさだけが横たわっている。
隣に並んだエリザベスが「本当にいいんですか」と訊ねてきた。桂はそれには答えず、ゆっくり手を差し出す。
「さあ、帰ろう」
エリザベスはそのふかふかした手で、しっかり桂の手を握り返した。
「そういえば、腹が減ったな。晩飯はどうしようか……え?七面鳥?それはちょっと贅沢し過ぎだろう。そういえば、どん兵衛がまだあったな。かき揚げ入りだぞう、どうだ、豪華だろう」
桂とエリザベスはゆっくり夜のかぶき町を行く。桂の頭のサンタ帽がふわふわ揺れて、この夜によく似合っていた。




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「歳末助け合い運動」


二人はベンチに並んで座り、あたたかい缶コーヒーとお汁粉で一服する。銀時が珍しく奢ったのだ。彼の手にはおやつの角砂糖の袋が握られている。長谷川は正直引いたが、そこは奢ってもらった礼ということで、何もつっこまないことにした。
体に染みる温かさに、ほっと溜息が落ちる。そういえば以前、バイト帰りに桂が缶コーヒーを奢ってくれたこともあった。思えば最近は、彼に助けられてばかりだ。
「ヅラっちって、ほんとできた人だよなァ」
しみじみつぶやく。すると、銀時はあからさまにいやな顔をした。
「ハァ?何がなんだって?アイツ、ああ見えてロクでもねーバカなんだぜ?やめときなって」
「ええ?そんなことないよ、いい人じゃん。話しやすいし。この前なんかラーメン屋に連れてってくれてさあ」
「どうせアレだろ。ラーメン屋でも蕎麦頼んで、店に迷惑かけたんだろ?どうしようもねーバカだもん、アイツ」
長谷川は最初に連れて行かれたラーメン屋を思い出す。はじめはラーメンなんて、と思ったが、そんなことも忘れるくらい美味い店だったのだ。しかも一杯四百円というお手頃価格だ。
「いや、ヅラっちも普通にラーメン食べてたよ?冬だからって、味噌ラーメン食ってた」
「へ?へえ、そーなんだ」
二人のことだ、てっきりラーメンぐらい一緒に行ったことはあるだろうと思っていたので、長谷川にとっては意外だった。
「そうそう、でさ、そこの女将さん、幾松さんっていうんだけど、それがまたキレイなひとでさ。早くに旦那さん亡くしてるんだけど、なんか……ちょっとヅラっちといいカンジで」
「いいカンジ?」
缶のふちに小豆が溜まったらしく、銀時はイライラと缶を振っている。
「ヅラっち、そこの常連みたいでね、親しげに話してて。むこうもタメ語でさ、満更でもないって雰囲気で、お似合いだったんだよね」
へえ、そーなの、と曖昧な返事をして、銀時は手にした角砂糖の袋に手を突っ込む。二、三個を一気につかんで、口の中に放り込んだ。
「ヅラっちって人妻好きじゃん?むこうは未亡人だし、割と条件いいと思うわけ。ヅラっちは基本しっかりしてるけど、やっぱ甘えたいときもあるんだろうなあ。俺応援したくなっちゃって」
長谷川の横で、銀時がガリガリ音を立てて角砂糖を噛み砕いた。
「あれ?どうしたの、銀さん」
「いや、別に?」
そう言って銀時はまた角砂糖を頬張り、噛み砕く。ちなみに長谷川は、いまだかつて角砂糖をこんな風に食べる人間は見たことがない。
「なーんか糖分足りなくてさ。……イライラするわ」
もしかして、友人の恋愛話を聞いて複雑な気持ちになったのかもしれない。たしかに、周りの結婚ラッシュが始まって、無意味に焦る年齢だ。はっきり言ってまったく縁がなさそうだが、やはり気にしているのだろう。
「あ、もちろん銀さんのことも応援してるんだからね。なんかいい話ないの?っていうか、その前に俺のほうが頑張らないといけないんだけどね……」
言いながら自分の言葉に視界が滲んだところで、神楽の大きな声が響いた。待たせたな、と叫ぶ手には、弁当の袋がぶら下がっている。
思えば長谷川にとっては久々に誰かとともにする食事だ。前回は桂と、そして今回は銀時とその仲間と。不思議な縁だと長谷川はしみじみ思う。
弁当はほとんど神楽に食べられてしまったのだが、不思議と彼は満ち足りていた。
その後、彼の家は余分なものがすべて剥ぎ取られてしまったが、一年の垢を落とした長谷川は、その日バイト帰りに、コンビニで小さな門松を買うことにした。






To Be Continued…



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