「戦況は未だ」

 銀時×桂  R-18
2011.12.29 OUT オフ44p \400

攘夷時代銀桂シリアス。
     あくまで「処理」として互いの体に触れ合っていたのに、ある日銀時が均衡を破って体の関係を持ってしまう。
関係を重ねながら、友情と恋の間で葛藤を深めていく二人の話です。
主に戦ったり遭難したり宇野したりしてます。戦いのあたりはねつ造オンパレードです…。
非常に中二要素が色濃いうえ、後味はよくありません。バッドエンドではありませんが、ハッピーエンドでもありません。
※ 性的描写、多少の流血表現(DVものではありません)を含みますので、ご注意願います。




灯りのついていない部屋に戻ると、先客が大の字になっていた。
桂は別段驚くこともなく、慣れた様子で敷居をまたぎ、油皿に火を入れる。大きな街では、もう電気が通っているところも多いが、生憎まだこのあたりには普及していなかった。
行燈にも火を入れると、先客の髪がぼうっと炎の色を映して揺れた。
寝そべっている銀時は、もう薄っぺらい着流しに着替えている。着流しはところどころ解れている。何度注意しても繕わないので、やたら貧乏くさい。
「遅せーんだよ」
銀時は眠っていなかったらしい。
襖を閉めて振り返ると、銀時は床に転がったまま、天井を眺めていた。
「天人の珍しい武器が手に入ったというから、見物してきた」
「あ〜、高杉が騒いでたヤツ?」
「坂本もな。あいつら、ああいう新しいものに目がないからな。ミーハーってやつだ」
言いながら、身に着けたままだった籠手だの胴当てだのを、一つひとつ外してゆく。桂はいつも締めすぎるくらいに強く紐を締める癖がある。きつく固い結び目をほどくと、ようやく血の巡りが戻ってきたような心地がした。
「そんなにおもしれーのかなァ、カラクリってのは」
「さあな。スイッチが見つからないとかで、結局動かなかった。あまり使えそうにないな」
鉢金を外し、束ねていた髪をおろす。ふうと大きくため息をついて、締め付けすぎで痛む蟀谷を揉みほぐした。
「そういえば、お前も欲しいと言ってなかったか。なんとか言う、からくりの自転車?」
「原チャリな。ありゃアな、カッケ―だろ。馬よりあっちが欲しいよなァ、正直」
ようやく身体を起こした銀時が、機嫌良さそうに「原チャリ」について語りはじめる。それを背中で聞き流しながら、手拭いと着替えを引っ張り出した。
「アレ、もう風呂行くの」
「ああ。今日は結構冷えたから、とっとと温まりたい」
銀時がすっと立ちあがる気配がした。視界に影が落ちる。桂が振り返る前に、ずしっと背中が重くなり、腕が拘束される。
「銀時」
「マジだ、すげー冷えてんじゃん」
銀時は桂の肩口に鼻先を擦り付けた。まわされた腕が器用に動いて、髪が軽く引っ張られる。
冷えたといっても、さっきまで重たい胴当てをつけて走り回っていたのだから、全身汗だくのままだ。髪も顔も指先も、土埃で汚れている。桂は身を捩って抵抗してみせた。
「おい、ちょっと待て」
「そう言われると、待てなくっちゃうじゃん」
「やめんか、まだ風呂にも入ってないぞ」
銀時の指は、勝手知ったように作務衣の紐を解く。桂の体温が低くなっていたのか、銀時の体温が高いのか、包まれた背中がやたら熱い。下のほうに、固くなったものが押しつけられた。
「ちょうどいいんじゃね? 俺も風呂まだだし、一発スッキリしとこーや」
厠にでも行こう、程度の気軽さで、銀時が誘ってくる。そうしている間にも、襦袢の上から胸元をしきりにまさぐられた。
確かにそれもそうか、という気になって、桂は後ろ手で銀時の裾を探る。筋肉の張った内腿に、するりと指を滑らせた。



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渾々と水の音が聞こえてくる。足元にちょっとした土手ができていて、下に小さな清流が流れていた。
慎重に土手を降り、水の流れる岩場に脚をかける。上衣を脱ぐと、川辺の風が肌の上を駆け抜けた。桂はひとつ小さく身震いしてから下履きだけになり、すっかり固まった髪を解く。凝り固まった蟀谷をほぐし、静かな清流に脚を差し入れた。
頭から水を被り、汗を流して泥のついた傷口をすすぐ。あまり一人で長く陣を離れるのも良くない。ほんの数分の行水を終え、そそくさと身支度を整えた。濡れた髪を乱暴に絞ると、ぼたぼた水が足元に落ちる。小さな手ぬぐいだけでは乾きそうにないな、と桂は少し困る。
と、そこで、がさがさ草をかき分ける音が耳に入った。
はっとして思わず身構え、刀を探る。音の大きさからして、おそらく一人。天人なのか仲間なのかは、判断が付きかねる。
もし天人だとしたら、皆は無事なのか。いや、さっきからそんな騒ぎは聞こえていないから、無事なはずだ。
考えを巡らせる間に、足音はすぐそこまで迫る。がさりとひと際大きな音がして、上の土手に茂る草がかき分けられた。
「! 銀時、」
桂は驚きと安堵で、思わず声を漏らした。
草の間から姿を見せた白い羽織は、ちょっと立ち止まってから土手を降りてきた。
「よォ」
銀時は少しばつが悪そうに頭を掻く。
「どうした? 先に休んでいたと思っていたが。お前も行水か?」
「まー、そんなとこ」
銀時の声は疲れていた。それもそのはず、銀時はこの戦で殿を任されていた。桂と坂本が退避した後も、皆を逃がすためにたった一人で柄を握りしめていたのだ。
銀時が合流したとき、真白だったはずの背中は、どす黒い赤に染まっていた。返り血ではなかった。まして、彼の流した血でもなかった。
途中で事切れちまった、そう言った銀時の口調は静かだった。静かなうちに、深い湖の底に沈む、冷たさと悲しみが満ちているようだった。
銀時はすぐ隣まで来ると、背中の変色した羽織を脱いだ。
幼い頃からずっと一緒に過ごしてきたし、友情の範疇に収まっているとはいえ、浅からぬ仲ではある。なんとなく何を考えているのか、わからなくもない。そのせいか、余計に今の銀時の側は居心地が悪い。
先に戻る、と小さな声で一つ告げ、均整のとれた上半身に背を向けた。
「待てよ」
静かな声が清流を遮った。
桂が振り向く前に、銀時の手に手首を掴まれた。言葉はないまま、腕を引き寄せられる。
首に軽くうずめられた額。頬には、あちこちに跳ねた銀時の髪が当たっているが、それも今は土埃にやられていて、毛先がちくちく頬を刺した。
泣いているのかと思ったが、そうではないようだった。掠れた声で一言、疲れたと漏らした。
何かあったのだろう。死んでいった少年たちの中には、銀時や桂をことさら慕う者もいたはずだ。決して口にすることはないだろうが、悔やんでいるのがありありと伝わってきた。
なぜ彼の手からは、いつもいろんなものが零れて落ちていくのか。桂は亡き松陽を想った。
「なー、ヅラぁ」
「ヅラじゃない、桂だ。なんだ?」
「寒い」
銀時は肩に顔をうずめたまま、くぐもった声をこぼす。腕に触れると、確かに少し冷えていて、さっと鳥肌が立っていた。
「あたりまえだ、そんな恰好でフラフラしているからだ! 早く水浴びてきちゃいなさい!」
桂が眉を跳ね上げると、くく、と肩が揺れたので、笑ったのだとわかった。
「かーちゃんかよ、テメーは」
「かーちゃんじゃない! 髪も埃まみれだろーが。少し冷たいが、浴びてくればスッキリするぞ」
腕をほどきながら、銀時の顔色をうかがう。やはり泣いてはいなかった。それになぜかほっとする。けれど、銀時の目は、いつになく真剣な光を帯びていて、言葉に詰まった。
「おかーさんじゃないならさ、……ちょっと、暖取らしてくれや」
言いざま銀時は桂の背を抱き込んだ。むき出しの腕が背をたどり、太ももを探り始める。
「こんなところで、」
桂は少しおどろいて、思わず咎めるような声色を出した。が、本陣に戻れば、猶更こんなことができるわけもない。
「いーだろ、どうせ誰も来ねーよ」
銀時が喉元に噛みついた。口調はおどけていたけれど、手は確実に桂を攻め立ててくる。着たばかりの上衣に手が差し込まれ、粟立つ素肌をがさがさした指が滑った。その指が、なぜか無性に優しく感じるのは、こんな夜だからなのか。そして、こんな夜だから銀時は桂にふれるのだろうか。



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夜になっても暖かい季節だったが、雨が降ったせいで少し肌寒い。若干湿った枝に火を入れる。
酷くはないが、羽織は濡れてしまった。二人はそれを脱ぎ捨てて、それぞれ持っていた毛布にくるまり座り込む。
桂の脚には、膝上から太ももまで、長い刀傷が走っていた。白い脚には、流血の跡が残っていて痛々しい。濡らした手ぬぐいで土がついたまま固まった傷口を拭ってやる。鉄錆みたいな独特のにおいには慣れていたのに、桂の血だと思うと、妙に胸底が騒いだ。
血止めを塗って布を巻く。まだ痛むのだろう、桂の表情はまだ硬いが、巻いた布がきついだの緩いだのと文句を言えるくらいには、気力は残っているらしい。
落ち着くと腹が減る。銀時の握り飯と干し肉、桂の持っていた饅頭を、喧嘩しながら二人で分けた。桂が饅頭を持っていたのは、たぶん自分に渡すためだと察しがついて、銀時は急に照れくさくなり、無意味に目の前の小さな頭を小突いてみた。
雨脚は強くなり、ざあざあと岩壁に反響する。二人は肩を寄せ合って、小さな焚火を見つめながら、ぽつぽつ他愛ない話をした。ときおり桂が新しく小枝を焚火にくべる。
何かの細工みたいな丸い目は、火を映し込んで、きらきら揺れていた。柔らかい色の光に染まる桂の肌。毛布の隙間からのぞいた二の腕や鎖骨の線が、やたらと美しいものに見えて、様々な欲がないまぜになってゆく。
性欲と独占欲と征服欲と、それから征服されたい欲と。
桂はいま、銀時と二人きりでここにいる。それも、銀時を捜すためだけにここまでやって来たのだ。
この雨のせいで動けないし、怪我をしている桂は、きっと自分がいないと生きていけない。
このまま、二人でどこかに行けたらいいのに、と思った。天人も、戦もなくて、仲間の死や肩に降り積もる重圧、中途半端な希望も、何もないところまで、二人で行ってしまいたい。
でも、桂は絶対にそうしないことくらい、わかっていた。まっすぐすぎるこの単純馬鹿の頭には、逃げるだとか放り出すとか、そういう選択肢は、たぶん無いんだろう。そこが腹立たしくもあり、愛しくもあった。
愛しい。
思った瞬間、自分で自分の思考に動揺した。それは今まで、銀時が考えることを避けてきた感情だったからだ。
こんな戦場で、夜叉と呼ばれている自分が、どうしようもなく馬鹿で、誰より男らしいこの幼馴染に、そんなことを。
ありえない、と何度も否定しようとするのに、意識は視界の端に映る桂の横顔に向いて離れてくれない。
「銀時、寒いのか」
膝を抱えてだんまりになった銀時を、桂が覗き込んでくる。
「こういうときは、くっついていたほうがいいぞ」
桂は座ったまま銀時ににじり寄り、毛布から白い腕を出して、肩を抱いてきた。
銀時は観念して一回り細い腕を掴み、毛布にくるまる薄い身体を押し倒した。引き寄せてくる腕は、銀時の腕を、背を辿り、首に回される。
重力に従って、二人はもう一度唇を合わせた。







To Be Continued…



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