「マイヒーロー!」

 銀時×桂  R-18
201205.03 OUT オフ36p \300

銀桂幼少プチオンリー「そんじゅく!」様あわせの新刊です。
幼少時代から現代(バラガキ編終了後〜金魂編)の銀桂の、のんびりした話です。
銀時、桂にとっての「あこがれのヒーロー」についての考察です。
野球やったり、雑誌インタビューやったりファミレス行ったり。
43巻までのネタバレを含みますが、本誌のネタバレは含みません。
※ 大変ぬるくてアレではございますが、やることやってる描写を少々含みます。ご注意願います。




眩しいくらいの陽が差し込む塾の庭、その縁側に座り込んでいる銀髪を見つけ、大声で名前を呼んだ。
「銀時!」
呼ばれた本人は、ようやく瞼を重たそうに持ち上げた。桂の姿を一応認めるが、ふいとまた瞼を閉じてしまう。
「貴様っ! 講義中にもあんだけ爆睡してたのに、まだ寝るのか!」
桂には、銀時の度を外れた睡眠欲が理解できない。銀時がここに来てからしばらく経つが、あのころから全く進歩を見せていなかった。
初めて見たときは、桂より少し低い位置にあった目線は、今では同じくらいの高さになっていたし、もしかしたら抜かれる心配もあるくらいだ。
本人も、育てている松陽も割り合いずぼらなほうだったから、着物に全然糊が効いていないのは相変わらずだったが、それでも破れたところには継ぎがしてあり、解れたところも繕われるようにはなっていた。
けれど、やっぱり中身はほとんど変わらない。塾の連中とも幾分か話すようにはなった。けれど、必要なこと以外口を開かず、会話はまったく続かなかった。
もちろん、銀時は野球仲間に入っていなかった。
桂が以前から、しつこくしつこくしつこく声をかけてはいるが、「道具がない」と断られた。
道具がないなら貸す、と申し出たけれど、今度は「ルールがわからない」と言い、いまだに誘いを断り続けている。
足も速いし、腕力もある。すばしこい。桂の見立てでは、投げて打つ練習さえすれば、野球も絶対に上手くやれるはずだ。ルールだって、そんなに難しいものではないし。
皆より始めるのが遅かったから、彼は読み書きがあまり得意でない。けれど頭は悪くないようで、教えたことはきちんと理解し覚えているように見えた。特に剣術や体術といった、武においての覚えの速さ、身のこなしには見どころがある。
けれど、何度言っても銀時は野球に参加してくれなかった。根気よく誘っては無視されているのを見た連中からは「もうやめろ」と何度も言われている。
宿題で釣ってみたり、アイスで釣ってみたりしたのに、梃子でも動かない銀時に、桂もだんだん意地になっている。
「そういうわけだから、お前も一緒に野球やろう」
「だから、イヤだって言ってるだろ。できねーもん」
案の定、色良い返事はかえってこない。
「お前の助けが必要なんだ。頼む。道具も貸すし、」
短気で有名な桂だが、ぐっとこらえて頭を下げる。手には新品のグローブがあって、それを差し出すようにして見せてやった。
「ルールなら教える。簡単だ、打って走るだけだからな。よし、やろう」
お前が来てくれたら助かるんだ、言いざま桂は銀時の手を、がしっと鷲掴んだ。
「やらないって言ってんだろ!」
銀時が大きな声を出し、掴まれた手を振り払う。はずみで桂の手にしたグローブが落っこちた。慌ててグローブを拾い上げた桂が、さすがに少しムカついて、きっと顔を上げると、意外な銀時の表情があった。
傷ついたようにこわばった表情。
「銀時、」
「悪ィ」
銀時はそれだけ言って、すぐにパッと身を返して走り出した。
「ちょっ、待て、コラ銀時! いいか、櫓のとこの空き地だからな! 待ってるぞ!」
走る背中に叫んだが、奴が振り返ることはなく、桂は困ってため息をついた。
「だから、無駄だって言ってんだろ?」
背後でからかう声がして、桂は振り返る。そこには悪い顔で笑う高杉がいた。
「……こんなところで油を売るとは、紅組はずいぶん余裕と見えるな」
「余裕に決まってんだろ。お前もバカだな、よりにもよって銀時を誘うなんてさ」
「うるさい。俺の見立てでは、あいつは確かにいい腕をしているんだ。絶対連れてきて、貴様らに目にもの見せてやる」
「どうだか。第一、あいつが来たって、お前のチームの奴らが銀時を認めてくれんのか?」
「……どういう意味だ」
高杉は一つため息をついた。バカにしたように、やれやれ、とつぶやき、桂に向き直る。彼の顔には、先ほどまでの余裕ぶった笑みはなかった。
「あいつにあんな目に合わされたのに、まだ構うなんて、お前の気がしれねェよ」



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「で? で、なんなのコレは?」
とがった声で銀時が責める。
「なんなの、って、見ればわかるだろーが。雑誌だ。ていうか、貴様が持ってきたんだろ。どこから持って来たんだ?」
銀時は本来、こういった雑誌はあまり読まないはずだ。昔から雑誌は週刊少年ジャンプと決まっているからだ。じろりと探るような目つきをくれてやると、銀時の目はふいと逸らされた。
「……知り合いの見舞いで病院寄ったついでに、待合室で、たまたま見かけて?」
それは誰の見舞いだ? と聞いてやっても良かったが、いちいち詮索するのも面倒で、敢えて追及しないことにする。きっと、つい昨日、耳に飛び込んできた、幕府の連中のドンパチに関係があるのだろうが。
「と、に、か、く!」
テーブルが揺れるくらい、強く拳が叩きつけられる。はずみで真ん中に置いてあったフライドポテトの山がくずれ、そのうち三本がケチャップの中に落っこちた。
「そういうこと聞いてんじゃねーよ! この記事は何だって聞いてんだよ! って、オイコラ、聞いてんのか」
フライドポテトをもぐもぐやっていた桂の頭に、どこからどうやったのか、器用に銀時が踵落しを決めた。
桂は口にポテトを突っ込んだまま、テーブルに顔面を強打した。
「い、痛いぞ銀時っ」
「ウルセーよ! テメー、わかってんのか? 事の重大さを!」
「ただのインタビューだ。前にも取材なんてざらにあった、そう珍しいことじゃない。何をいまさら貴様が怒ってるんだ」
「怒るに決まってんだろーが!」
銀時は雑誌の見開きページを、桂の眼前に突き付けた。そこには『徹底解剖! 攘夷志士の暁、桂小太郎のすべて!』と太ゴシックの見出しがでかでかと踊り、桂の写真数点と、先日のインタビューが掲載されている。
インタビューに答える、凛とした横顔や集会所で会議を取り仕切る様子の写真などが張り付けられている。その中に、ドヤ顔で腕組みしている桂の写真があった。銀時はそれを指さし、頭から湯気を出している。
「コレ! ここ! わかんだろ!? コレ、銀さん家だろ! なんでこんな写真載せてんだ!」
銀時の短く切られた爪の先。その写真の下に、小さくキャプションが入っている。
『桂さんご用達のお店。何を取り扱っているかは、桂さんだけのヒミツだそうだ』
写っているのはまぎれもない万事屋の玄関先だった。例の間抜けで能天気な看板が、少し見切れ気味で写りこんでいる。
「いい宣伝になりそうなら、広告費をせしめたいところだったが。そんなにちゃんと写ってないから、プライバシーは保障しているハズだ。貴様の家に来たことがあるヤツくらいしか、わからんだろう」
「だから、それが問題なんだよ! 言ったろ、ウチにも真選組のやつらが来たことあるんだぜ」
「そうだったか?」
まだポテトをかじっている桂に、銀時は大げさなくらい盛大なため息を落とした。
「心配するな。取材されておいてなんだが、こんな三流紙、きっと連中はチェックしていないさ。お前に迷惑がかかるとは思えん」
それとも、と、桂はサービスの水に口をつける。
「例の件、気にしているのか? 見廻組の」




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違和感をぬぐえなかった。日常の端々に引っかかる、些細な出来事が積み重なり、何かがおかしい、と神経奥深くに語りかけている。けれど、何がおかしいのか、肝心なところがわからない。
生活にも攘夷活動にも、ペットとのふれあいにも、今のところ全く支障はない。それでも、ふとした折に「アレ?」と首を傾げてしまう。
たとえば、近所にある甘味処の前を通りかかったとき。ファミレスでフライドポテトを注文したとき。夜、眠りにつく直前。ペットや仲間とUNOに興じているとき。
違和感は、ほんの一瞬で霧散する。何かが足りないわけでも、多すぎるわけでもない。例えるなら、小鉤を留め違えたみたいな、そんな感覚だ。
その奇妙な引っ掛かりを覚えて、桂はちょっとだけ動きを止めていたらしい。
お客様? と女性店員の声でやんわり問われ、はっとして顔を上げた。
「三四〇円のお返しです」
彼女はレシートと小銭の乗ったトレイを差し出す。桂はあわてて財布にそれをしまった。
菓子折りの袋を手に道をゆく。いつも奴は「手土産なんていらない」と言うのに、ついこうして買ってしまうのは、どうしてだったっけ。多分それは自分自身の律儀で几帳面な性格ゆえか、と結論をつける。そう、それに、奴のためというよりは、あの店のかわいい従業員たちのために買っているのだ。
人であふれる繁華街を避けて、通い慣れた裏路地を行く。このルートはたぶん、桂とエリザベスくらいしか知らない抜け道だ。細く暗い路地をいくつか抜けて、角を右に二つ曲がると、三軒先にスナックお登勢の看板が見えてくる。その二階に掲げられた、ひときわ暢気な看板を見る。
このところ、この看板を見るたび、またふと「留め違えた感」が掠める。どこがおかしいのかと眉を寄せたとき、上から馴染み深い声が降ってきた。
「おうヅラ、そんなとこで何やってんだ? 上がってこいよ」
「ヅラじゃない桂だ。……金時」
見上げると、看板のさらに上、二階の柵に半分身を乗り出した男がいる。
まばゆい金色の髪に、桂はすっと片手を上げる。
「少し邪魔するぞ」
金時も笑って片手をあげ、それに応じた。








To Be Continued…



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