「強請るな、勝ち取れ。さすれば与えられん!」
 嶋本(真嶋真)中心オールキャラ
2012.08.19 OUT オフ36p \300

初の「トッ/キュー/!!」本です。
なにかと奮闘する嶋本軍曹と、それを見守る羽田基地オールキャラのホワホワした話。
嶋本が副隊長になるところから、戦Qの真田送別会まで。
CP色は薄いですが、若干の真田←嶋本 風味を含みます。





「お疲れ様」
デスクの波の向こうで、静かに真田の声がした。瞬時に椅子ががたつく音がして、
「隊長! お疲れ様です!」
嶋本が腰を深く折るのが、見なくてもわかる。
「ああ、立たなくていい。コーヒー、冷めてるだろ」
これを、と真田は手にしたマグを嶋本のデスクに置いた。
「あ、すんません」
律儀に礼をする嶋本に、ごく軽い調子で「気にするな」と返し、真田は自分の分のマグに口をつけた。
「どうだった? 行軍は」
「いやー、ヒヤッヒヤしましたわ。退屈せんでよかったですけど。眠気なんていっこも起きひんかったですよ」
「はは、そうか。嶋も大変だったな」
「や、俺は全然。俺なんかより、専門官のほうが、しんどかったと思います。ハンドル任せきりにしてもーた」
荷物の多かったあいつのことや、消防署に泣きついたやつのこと。天気が良くて救われたとか、定時連絡の川柳の傑作作品のこと、ラストのやつが基地につく前から泣いていたこと。あれこれと語る嶋本の言葉の一つひとつに、真田は真摯に耳を傾け、うなずいてやっている。
「あとね、朝焼けが。えらいキレイだったんです」
「朝焼け」
「品川から羽田に向かって走っとったときに、見えたんですけど」
「そのくらいの時間なら、よく見られるだろうな」
「ええ。俺んときはめっちゃ雨だったんで、気づきもしなかったんですけど」
「俺の時も小雨が降っていたから見ていないな。うらやましい」
「ホンマに。空見とったら、いろいろ思い出してもーて」
佐藤は常々、真田甚について不思議な人だと思っている。嶋本の口からぽろりとこぼれる言葉ににじむ感情。話が上手いわけでもないのに、真田と話す者はみんな、こうして心の奥底、揺さぶられるような感情を、零れるように話してしまうのだ。
うまく立ち回ろうというあざとさがないから、親しくない人には硬い印象を与える。でも、一度懐に入ってしまえば、純朴なほどに素直で、まっすぐな男だ。彼と付き合いを持つすべての人間は、そんなところに惹かれ、愛してしまうのだと思う。
嶋本が言葉を切る。それから、心底驚いたように、アレ、と声がでた。
「嶋?」
「いや、なんでもないっす」
声が滲んでいた。そちらを向くのは少々憚られて、佐藤はコーヒーのお替りのついでに、静かに静かに席を立つ。さりげなく目の端に二人の姿をとらえる。腕を顔に押し付けて仰向く嶋本。その後ろには真田が、嶋本の椅子の背に腰を預けていた。くつろいた様子でマグカップにゆっくり口をつける。
「あの、たいちょう……なんでも、ないんで」
「……そうか」
泣いているのは明白だったが、真田は励ますこともなく、嶋本の机に乗っかっていた資料にのんびり目を通す。
励ましたり、ねぎらったりしない。けれど、真摯な、とても真摯な目をして、嶋本の側にある。
「はあ、なんや、もっかい俺も行軍に参加したなってきました」
「はは、いいなそれ。でも嶋は来年も教官だろう。俺が参加しようか」
「た、隊長が? ヤですよ、絶対、ヤな予感しかしませんわ」
「じゃあ絶対やる」
「なんっでやねん!」
「嶋の困っている顔をみるのは、悪くないからな」
柄にもなく真田が悪戯心もあらわな声でからかう。嶋本が机に突っ伏した。
「やっぱ隊長ってドSやろ……」
「そうか? さあ、それが終わったらお前も休め。帰りなら車で送っていくから」
じゃあお願いします、とふてぶてしくお願いする声が微笑ましかった。
いつのまにか、こんな距離感を作っていたのだ。



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ヘリを降りて、すぐ資機材の点検と収納を行う。ウェットスーツを洗い、手早く着替えて引き上げる。ケミカルタンカー火災に駆り出された人員が一気に戻り、閑散としていた基地は、一気に騒がしくなる。
要救助者の救出は無事完了していた。三隊が急行した先では、すでに他の隊が対応に当たっていたが、炎上が激しく、手を焼いていた。真田は嶋本を連れて船に降下し、相変わらず無茶苦茶をやりながら、ものの三分ほどで要救助者全員を確保した。
真田はそれでも涼しい顔をしている。星野の除隊を進言した基地長室でも、神林に詰め寄られたデスクでも、あの話を持ち出しても、目の色はずっと変わらない。
真田隊長の判断はいつでも正しい。嶋本の判断に対しても、正しいと言っていた。
けど。
けど。どうにもならない濁った感情が湧きあがる。こういう葛藤は、この仕事にはつきものかもしれないが。
とりあえず嶋本は高嶺を連れ、いつもの飲み屋に行き、ヨチヨチ歩きのヒヨコへの愚痴をぶちまけた。もちろん、真田への愚痴的なものも、相当溜まっている。ただ、いまそれを誰かにこぼしたら、自分の負けを認めるみたいで悔しすぎる。
そういうわけで、かろうじて終電に駆けこめる時間まで、店のメニューのスイーツ以外、端から端まで食べるくらいで、今日のところは抑えておいた。
終電はいつでも人でいっぱいだ。それも大概が酒飲みで、疲れと酔いでひどい顔をしている。酒と汗のにおいと、だれかのイライラが詰まっていた。二人も大概酒臭かったけれど、自分のことは棚上げで、脚を広げて鼾をかくサラリーマンに、盛大なため息を漏らした。
車窓からの景色は、この時間でも明るい。ビルの窓からまばらに光がこぼれ、夜の街を浮かび上がらせる。川を越えてゆくと、灯りは川面に揺れていた。それらの残像が光の川になって、視界を流れて行く。
「救命士になれ」と星野に告げた真田の言葉を、耳の奥でもう一度再生させていた。その声にかぶさるように、もう一つの真田の声が、意志に関係なく勝手に自動再生される。
『潜水士、目指さないか? まだ伸びるぞ、お前は』
あの言葉で、人生なんて簡単に変わってしまった。
一体どれだけの人の人生狂わせる気なのか、あの男は。
自然、眉間に皺が寄るのが自分でわかる。知ってか知らずか、高嶺は手元の携帯に集中していた。メールを打っているらしい。大きな手に乗っかると、携帯がおもちゃみたいに小さく見えた。
嶋本は今、ふつふつと腹を立てている。この電車と同じように、やり場のないイライラを、せっせと腹に溜め込んでいるのだ。
人の人生をあっさり狂わせたくせ、真田にとっては、嶋本のことなんか、もうどうだっていいんだろう。それがよくわかるからだ。
あの雨の西海橋で、正しい判断しかできなかった自分なんか、どうだっていいと思っているのに違いない。
隣の長身が長い睫を伏せて、暢気に欠伸する。人の気も知らんで、薄情な男やで。
柄にもなくマイナス思考に陥っていた。そんな自分がウザったくてイラついて困り果てる。多分、この終電が悪いのだ。ため息と酒臭さと愚痴と疲れを乗せて走る、この終電が。
こんな、風の通らない場所にいたらダメになる。走って帰ればよかったと、心底後悔した。




To Be Continued…





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