「朝焼けクライマックス」
 銀時×桂
2012.12.30 OUT オフ36p \300
攘夷時代の銀時と桂。酒の勢いでうっかり関係した朝から、銀時がひたすら困ったり悩んだりする話です。
友情とも恋とも言い切れない関係について、改めて考えて悩む二人。
明るめ攘夷を目指してみました!
表紙を「JOINT」のJOY様にお願いいたしました!!!





夜は明けていた。
見ていた夢が散りぢりになって、起きぬけの散漫な意識の中をただよう。
重たいまぶたをようやく開くと、見慣れないものがうつりこんだ。背中だ、しかも裸の。女の白い背と、黒い髪。
薄くてかたい綿の布団は、どことなくカビっぽい。間違いなく、いつもの自分の布団だ。
ここが夜遊びの店じゃないなら、だれかを連れ込んだことになる。でも、連れ込むどころか、ここしばらく女なんて見かけていないはずだ。
結論として、これは夢なんだと判断し、銀時は再びまぶたを落とした。しばらく女日照りだったから、素直にそんな夢を見たんだろう。
そろそろ起きてもいい時間だけれど、意識はすぐ布団に吸い込まれてゆく。そまつな布団でも、自分の体温がうつっていて、やたら気持ちがいいので、離れがたい。きっとこの温度を女と勘違いして、こんな夢をみているんだろう。
とろんとした意識の中、銀時はその背中を見ている。肩甲骨が浮いている。肩口の骨もとがり、ずいぶんな痩せぎす女だ。長い髪は、見慣れた幼馴染みたいに、まっすぐきれいな線をいくつも白い背中に描いている。
ふと、銀時の脳裏にひとつ疑問が湧きあがる。
やたらはっきりと見える気がしないか、妄想の中の美女の背中が。
しかもその背中、美女というよりは、なんだか見慣れたもののよう気がする。女ってこんな骨ばってたっけ? 挙句得体のしれない変ないびきまで聞こえてくる。女ってこんだっけ?
銀時は、今度こそはっきり目を覚ました。目の前には、謎の素っ裸の背中がある。そして自分も素っ裸だ。嫌な予感に、生唾を飲みこんだ。
背中は規則正しくゆっくり動いていて、まだ目を覚ます気配はない。
黒髪で、左の肩甲骨の下にふたつ並んだほくろがあって、気持ち悪いいびきをかくような人物は、銀時の記憶にはひとりしか該当しない。
起こさないよう、慎重に気配を殺して覗き込む。
そこでのんきに寝ていたのは、見慣れた青白い仏頂面の幼馴染だった。しかも全裸の。
気づいた瞬間、眠気はけし飛んだ。これ以上考えるなと、ちんけな脳みそが思考を全力で拒否している。
背中にかかる長い黒髪。そのすき間から、白いうなじがこぼれてのぞいた。そこについた薄い赤色の正体がわからないほど馬鹿だったらよかったのに。
がつんと頭を殴られたような衝撃。そしてじわじわと圧迫されるような、ひどい頭痛が襲ってくる。
そもそも、ここは銀時にあてがわれた部屋ではなかった。こざっぱりと片づいて、銀時よりすこし上等な、桂の部屋だ。布団の脇にはちゃぶ台がよせられていて、酒瓶とチョコがちんまり乗っかっている。ちゃぶ台の足もとには、最悪なことに、乱暴に丸められたティッシュがうち捨てられている。その内容物なんて考えたくもない。
感覚がよみがえりそうになって、銀時は頭をかかえて布団に突っ伏した。
「う、ん…………?」
奇天烈ないびきがおさまって、桂が身じろいだ。瞬間、思わず息をつめる。
幸いなことに、奴は目を覚まさなかった。すこし寝返りをうつと、また寝息をたてはじめる。そのわずかに動いた拍子に顔がのぞいた。青白い顔が、いっそう青白くみえる。まぶたの血管が透けていた。まつ毛はふかく影をつくっている。それが、銀時の目には、ずいぶん疲労しているようにうつった。理由なんて知らない、と思いたい。
息をつめたまま、こっそり布団から抜けだす。寝具のまわりに散らかる下着がやけに生々しく、最悪の気分だ。それでも慎重に長着を拾いあげると、引きずって音をたてないよう気をつけながら、カサカサ爪先立ちで畳を渡る。最後に一度振りかえり、奴が寝ていることを念入りに確かめてから、部屋を後にした。




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傍目には、ふたりの間に起きたことは、おそらくわからないはずだ。なのに、互いのなかでは、ふたりの関係はすっかり変質し、もう二度ともどらない。
そうやってすこしずつ、友情とか、それと別の、あいまいな関係とかは、変わっていってしまうのか。
戦が終わったら、全部なかったことに、忘れたことになるのかな。「そういえば、そんな奴もいたっけ」っていう、古い友達のひとりになるのかな。
そんなことを考えてしまった。だから、油断していた。
気がつくと、刃先が目のまえに迫っていた。
危ない、そう思って身をかわしたが、刃の速度はこちらが思うより速い。いや、銀時が遅かったのかもしれない。
とにかく、髪と頬を掠められ、ぴっと残骸が宙を舞うのが目にうつった。身をかわしたはずみで姿勢が崩れ、宙がよくみえた。急に足場をうしなって、ただ物理の法則に従って体が傾くのを感じる。どこか他人事みたいだった。
だって、さっきみたいに桂が助けてくれるだろうから。
どんなに関係が変わったって、これが友情じゃなくなったとしても、たとえば、恋になったり、それが破れたとしても、桂はきっと、銀時を助けに来る。それだけは変わらない。
目にうつる空は青く、きれいに晴れていた。うろこ雲が波のように広がって、見上げているのに、なぜか海を見下ろしている感覚に陥った。広い海にひとり、放り出されるような、さみしく、不安で、とても自由な心地がした。
つぎの瞬間、肩に衝撃が走る。燃えるような衝撃と鋭い痛み。なんとか悲鳴はあげずに済んだはずだった。
「銀時っ! ぎんときっっ!」
遠くで桂の声がする。こんなに必死な声は、久々に聴いた気がした。
ほら、やっぱり桂は来るんだ。
俺たちがどうなろうとも、あの夜が、なかったことになろうとも、かならず。
そこで意識はぷっつり途切れた。







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