「吹けば飛ぶよな男だが」
 銀時×桂 R18
2013.12.29 OUT オフ68p \600

劇場版銀魂完結篇ネタ銀桂。映画のスキマ妄想捏造ネタが激しいので、ご注意ください。
映画で起こったできことによって時間に翻弄される、いろんな時間軸の二人の話です。
映画の事件が起こる前と起きた後、どう未来が変わっていくか。そんな妄想を詰めてみました。
攘夷時代〜蓮蓬篇、ちらっと紅桜、そして映画とつながっていきます。

多くはありませんが、流血表現などあります。
また大したことないですが成人向け描写がありますのでご注意ください。

ひ ど い 雨



たしか、縁側に腰をおろして、雨宿りをしていた。おやつにもらったチョコパイのビニール袋がこすれる乾いた音。それがやけに耳の近くで聞こえた。こんなひどい雨なのに。
さっきから、止むかと思えば強くなるのを繰りかえしている雨脚に振りまわされっぱなしだ。桂の家は、こういうときに使いをよこしてくれるほど甘い家ではなかったので、そろそろあきらめて濡れて帰るより仕方ないかもしれない。
「オメー、それ食わねーんなら、俺が貰ってやるよ」
隣でだらしなく足を崩した銀時がチョコパイを指した。さっきまで自分の分にかぶりついていたせいで、口もとにチョコレートがくっついている。覗いてくる目が無防備で、雨音と共に桂の心に焼きついた。
あれは、いつのことだった?
別にチョコパイにこだわりはなかった。でも、あっさりくれてやるのも癪だったので、一度は首を横に振った。
「貴様、意地汚いぞ。だらしない、そんな格好で座るな」
座るというより、ほとんど寝そべっていた。肘を後ろについて、脚を放りだし、肌蹴た裾もそのままだ。白い脛とふくらはぎは、幼さを残しながらも筋張ったものに生まれ変わろうとしているところだった。とがった銀時の踝に目が落ちる。つま先が汚れているのを見つけて、つい大げさなため息がこぼれた。
「足も汚いし」
「うるせーな」
「うるさくない。貴様のだらしなさに呆れてるんだぞ、俺は。チョコパイがほしいなら、姿勢を正し、口もとのいやしさ丸出しのチョコレートを拭いてからにしろ」
先生がいないからって、好き勝手しすぎだ。
つい、余計なひと言を口にしてしまった。銀時の目が少し曇ったのを見つけてしまう。悪いことを言ったと思ったけれど、すぐに反論が沸き起こった。事実なのだから仕方ない。
先生がしばらく帰らない。ひと月と言っていたのが、延び延びになって、気がつけばもうそろそろ三月になろうとしている。でもそのことと、銀時がだらしなくなるのは、別問題だ。先生がいないなら、俺が言うしかないじゃないか。
銀時はわかったよと吐き捨てて、見せつけるようにわざとらしく指でぐいっと口をぬぐい、親指の付け根についた甘味をなめとってみせた。ついでに桂の膝を軽く蹴る。
「八つ当たりはやめろ」
叱りながら、桂は銀の髪を見ていた。見つめすぎていたのがばれたのか、ムッとされてしまった。
「雨だからか、いつもよりふっくらしてるな」
桂が素直に感想を口にすると、すかさず顔面を蹴られる。こういうときは大概、銀時は照れている。桂は経験でそれを知っているので、悪い気はしなかった。この阿呆に甘えられるのは悪くないと思っている。
顔面を思いきりやられて、よろけた桂の手のひらから、うっかりチョコパイが転がり落ちた。銀時はしてやったりとにんまり笑い、拾いあげようと手を伸ばす。が、はじかれるように顔をあげ、ぴたりと動きを止めた。
「どうした?」
「……先生」
桂の質問に答えたのか、自然とこぼれたひとり言か。銀時は唇から大切な言葉をこぼして立ちあがり、縁側を飛び出した。降りかかる雨粒も、むき出しの脚も気に留めずに駆けていく。
「先生!」
はじける声には喜びと安堵がまじり合う。生垣のむこうに見えた人影はたしかに松陽だった。彼は笠を少しあげ、ずぶ濡れの出迎えを笑って受けとめる。銀時は「遅い」と文句を垂れながらはしゃいでいる。大事なものにむかってひたむきにまっすぐ、軽い身をひるがえして。
桂は一緒に飛び出せなかった。縁側に残されたのはチョコパイだけだ。桂はまぶしいものを見る気持ちでふたりを見つめていた。
どうして飛び出していけなかったんだろう。答えはどこにもあるわけがなかった。
雨の中を銀時が飛び出していったのは、あれはいつのことだった?



矢の速さで出て行った背中を右の目だけで見送った。追いかけることができなかったのは、さまざまな感傷と思考のせいで、反応が鈍くなっていたからだ。
心に引っかかった情景を思い出していたのだ。外はひどい雨で、屋根瓦や雨樋に当たる雨音が街と鼓膜を包んでいる。撥ねた滴が手すりや足もとを濡らして影をつくった。蝉も盛りの季節なのに、雨が運んでくる風に思わず身震いが出る。
左目を失ってから、人の気配や視線に敏感になった。背中に視線が貼りついているのを感じるが、不思議と不愉快には思わなかった。土方はこちらをじっと見ている。気配を消すのがへたくそな男だと上の空で思考する。
顔を合わせるのは数年ぶりだ。長めの前髪をあげているためか、以前より厳しい顔立ちに見える。度重なる心労のせいかもしれないが。
真選組は幕府という大きな後ろ盾を失い、そればかりか敵対した。以前の彼らは、江戸の守護としてあちこちに顔も効いたしコネもあった。情報網も桂一派のそれとは比較にならなかった。それだけに、彼らが叛旗を翻した途端、手を切ったり、売り飛ばしたりする連中も多かったろう。彼らを慕う者たちがいくらか手を貸したとしても、圧倒的に不利な状況に変わりはなかっただろう。
桂は身をもって知っているが、幕藩体制の整ったこの社会で幕府にたてつけば、想像以上の困窮を余儀なくされる。身分の保証がされず、さらに追われる身ともなれば、その日のねぐらひとつとっても調達するのに骨が折れるものだ。誰も信用できないのに、藁にもすがる思いで怪しい連中を頼らねばならなくなる。人を欺き、仲間を疑い、常に目を光らせ、裏切りはないか、密告されていないかとか、ささくれ立った話題ばかりはびこる。神経は日に日に切り刻まれ、すり減り消費されてゆく。剣呑な目つきはこうして生まれる。
この男の本来の姿はこんなにも鋭かったのか。桂は刺さる視線に複雑な気持ちを覚えた。
顔を合わせるたびドンパチやりあってきた仲だ。桂は土方の実力をかなり正確に測っていた。それから、忠義に篤く、一本気な彼の気質も。そのくせちょっとひねくれていて、どこかの誰かを思わせなくもない。
数えきれないやり合いで、ほんの数回、土方と利害が一致する場面があった。暗黙の了解で休戦ということにしたり、見なかったふりをしたり。その中で、ほんのわずかではあるが、仲間にこの男がいてくれたらよかったのだが、と思ったこともあった。信じられないことに、そのかすかな願望がいま現実となっている。けれどまだ実感はわかない。釈放されたばかりで、必死に頭を使わなければならなかったし、昔のことを思い出してしまうし、それに、こうして仕込み刀のようなまなざしを投げかけられているからだ。
今は彼らとは協力関係にある。けれど、近藤はともかく、この男だけは抜け目ないように思われるのだ。
「煙草をやめろ」
桂は眉をひそめた。土方は大きくふぅっとひと息紫煙を吐き出して、上着の内ポケットから携帯灰皿を取り出し、先の短くなった煙草をもみ消す。湿った煙の臭いが鼻に届く。
「随分とシケたツラしてんな」
「ツラじゃない、桂だ」
土方は桂の文句を流して、先ほど珍妙な男が立っていた場所まで出てきた。隣に立たれると、煙草の粉っぽいほろ苦さがいっそう強くなる。
「あの男、知り合いなのか?」
「いいや。初対面だ」
「のわりには、ずいぶん親しげだったな」
「そういうやつなんじゃないのか? たまにいるだろう、すごい顔の距離近いやつ。アレじゃないのか」
じろりと睨まれる。あからさまな疑いのまなざしを寄越されるのは、決して気分のいいことではない。だが反発するのも面倒だった。いまは誰かに話しかけられたい気分ではないのだ。天候のせいもあるのか、包帯ので隠した目の傷が痛む。とっとと会話を雨に流してしまいたかった。なのに土方は空気を読まずにべらべらしゃべり続けている。
「テメーとゆっくり話をするのなんざ、ひさびさだな」
「そうか? 一度も話したことなどないように思ったが」
「ふざけんなテメー!」
土方が吼えると、すかさず背後でがたっと物音がして、襖からエリザベスがぬっと顔を出した。エリザベスはこの五年のあいだに体質改善に成功したらしく、もともと均整のとれていた体が、さらに精悍になっている。
『何かありましたか?』
プラカードの文字も心なしか綺麗な楷書になっている気がする。
「イヤ! なんでもない、なんでもない」
宴会の席からずっと、このふたりはやたら親しげにしている。だが土方はなぜか顔をこわばらせ、頭を横にぶんぶん振っていた。エリザベスはふたりを見比べるように視線を動かしてから、すっと襖の奥に戻っていった。土方が深いため息をひとつ落とした。
互いの間合いにぎりぎり入らない位置に並んで、ふたたび雨をながめる。ふたりの間にはぴんと張りつめた一筋の緊張が存在していて、踏みこめない境界線を肌で感じ取る。先ほどの陳という男は、易々とその距離を乗り越えてしまったのだが。
土方はまだ横目でこちらを窺っている。そこに気遣わしげな色がまじっているようで、気が滅入った。先ほど、つい昂って取り乱した姿を見ていたからだろう。
「……やっぱり、お前と万事屋は繋がってたんだな。まあ、知っちゃいたけどよ」
「べつに繋がりとか、そういうんじゃない。あいつはこちらに協力していたわけでもなんでもない。むしろ、勧誘も断られっぱなしで、俺は疎まれていたからな」
「でも、会ってたんだろ?」
「……貴様、さっきも思ったが、盗み聞きとか覗きとか、そーいうの良くないぞ。性質が悪い」
「悪ィな、気になってよォ」
「フン、まあいい。……ところで、なあ、土方君」
土方の顔が強張る。まなざしにはあきらかな同情の念がにじんだ。そんなにひどい顔をしているのだろうか。自嘲の笑みを漏らしたが、片方を包帯に包まれた顔は固まったままで、笑みなど作れてはいないのだろう。
「銀時は、やはり死んだのか」
返答はなかった。無言というのは、いつでも肯定を意味するのだった。
土方は黙って桂の肩に手を置くと、胸ポケットから取り出した紙煙草をくわえて背を向けた。襖のあいだからまたエリザベスが顔を出し、その下から沖田も顔を出し、皆でおさまりはじめた雨垂れをながめる。そうしていると、いつもは思い出さないように努めていたいろんな過去が思い出されてしまう。
大昔の話だが、銀時にこう聞かれたことがあった。
「……お前、ないのかよ? 俺に未練とか」
汚い煎餅蒲団の上だった。数多の天人に囲まれ、からがら逃げ延びたあとで。抱き合ったばかりの間の抜けた姿だった。冗談みたいに言われた言葉だが、今更になって心が深く抉られる。
「未練、か」
雨の中、飛び出して行った幼い銀時。
ある朝突然、足跡も残さずにいなくなった白い夜叉。
思い出話だけを置き去りに、遠くへ行って二度と戻らなかった銀時。
吹けば飛ぶような、風のようなあの愚か者。
「未練がないのはどちらだ、銀時……っ」
かすれた声は雨音につつまれ、かき消された。



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路 地 裏 の 奇 跡



月曜日のエリザベスに手を振ってから、ふたたび宇宙に飛び立つ坂本たちの船を見送った。
久々にレギュラーエリザベスと水入らずで過ごそうと思っていたが、切り出す前に彼のほうから断られてしまった。なんでも、この長期休暇はひとりで里帰りしていたので、今夜は長屋に残してきた家族と一家団欒水入らずで過ごしたいという。
久々に帰ってきたのに、ちょっとつれないんじゃないの、と思ったが、なんとかこらえた。愛するペットに心の狭いやつだと思われたくなかったからだ。
だから、銀時に袖を引かれたとき、嫌な予感がしつつも、寂しくてホイホイついていってしまったのだ。それで結局いつものすなっくお登勢に付き合わされ、今に至る。
今夜はテメーのおごりだ、と一方的に宣言して、銀時は機嫌よく飲んでいた。やつが気前よく千年の孤独やら鬼嫁やらを入れるので、桂は薄い財布を想うとほとんど注文を入れられなかった。ただの居酒屋ならともかく、この店の単価はばか高いのだ。いつも割り勘で飲むときは激安チェーンの居酒屋に行くくせに、変なところだけ抜け目ない男だ。
銀時は始終説教をたれてきた。ペットの飼い方に始まって、一連の騒動でいかに桂がダメだったか、重箱の隅をつつきまくるようにダメ出ししてきた。刈り上げについてとか、宇宙船で緊張しすぎたこととか、宇野のこととか、いろいろと。酔うと本当に面倒くさい男だ。桂はちょっと腹を立てたが、あの土手に来てくれたことは嬉しかったので、そこは黙っておいてやった。
お登勢に半ば追い出されるようにして店を出たのは、日付が変わる少し前だった。いい加減、財布が素寒貧になるところだったので、追い出しはかえってありがたかった。それでも先日入ったバイト代が泡と消えてしまい、ちょっと泣きたくなる。
銀時はてっきりそのまま二階にあがるのかと思ったが、どういうわけがついてきたので、桂は少々驚いた。これまでだって、送って行くなんて真似をされたのは、記憶にある限りは一度きりなのだ。
それは例の妖刀事件に巻きこまれた数日後、万事屋に約束の侘びの品を持って出向いたときだった。再会してから初めて銀時と寝たのが、その晩だった。
戦時代、馴染みである気安さや興味、若さとその他諸々の理由でそういう夜をいくつも過ごしてきたが、この町で再会してからというもの、互いに一切ふれることなく過ごしていた。
あれは若気の至りで、今さら蒸し返すことじゃないので、桂の中ではただの過去として記憶に埋もれているのみだった。銀時とは長い付き合いなので、肉体関係のあるなしなんて正直どうでもいいことのように思っていた。当然、銀時もそうだろうと思っていた。なにも言わずに桂のもとを去ったくらいだし、思い出したくもない過去だろう、と。
それなのに、ふたりの均衡を破ったのはやつのほうだった。高杉と決別したあの日、転がりこんだ船のマットの上で。しぼんだパラシュートに包まれたまま、銀時が身を寄せて言葉もなく唇を合わせてきた。どういう意味か尋ねようと思ったが、すぐにパラシュートが捲られてしまい、皆に取り囲まれて、それどころではなくなったので、その日は聞けずじまいだった。桂に残されたのは、唇に移されたやつの血の味と数々の疑問、十年ぶりのかさついた感触。それから、ふたりの脈の速さだった。
そして例の晩、帰り際に突然「送って行く」と言い出して、結局桂のぼろ長屋の煎餅蒲団の上で、とくに理由もなく、なんとなくそういう流れになったのだ。そして互いに理由も言わないままの関係は、いまだにずるずる続いている。残念なことに、ふたりとも戦時代からまるで進歩がないようだ。
きっと、桂が捨てられずにいる銀時への未練なんて、最初からバレバレだったのだろう。銀時は悪い男なので、その心情を見透かして遊んでいるのだ。やつだってあまりモテない男なので、相手の欲求不満を利用して甘い汁を吸っているという点では、お互い様だと認識している。いわゆる、やり友とかいうやつだ。
そういうわけで、慣れない見送りに戸惑っていると、案の定途中で暗がりへ手を引かれてしまった。強引に腕をつかまれ、細い路地裏に連れこまれる。
「まさか、こんな場所でアレしようというのではあるまいな」
桂は呆れた。銀時は、いいからいいから、と軽い調子で耳打ちし、壁際に追い詰めてくる。
不動産屋とぼったくりの時計屋の隙間は、人ひとりが通れるほどの広さしかない。まばらとはいえ、路地の向こうにはまだ人通りもある。電燈のオレンジにかすむ灯りが路地にまで漏れていた。資源ごみ用にまとめられた雑誌の束や、転がる空き缶が薄あかりの中に浮きあがる。
あいにく、屋根のないところで致す性癖はなかった。そんなものは、いやらしい雑誌やビデオ、一部の変態的人種の話で、ごく一般的でまっとうな日本人にそんな破廉恥な真似などできるわけがない、と頭から信じている。出来ることなら勘弁してほしい。
おい、とするどく抗議して、肩を押しのけようと手を付いたが、それを節立った手につかまえられて壁に縫いつけられた。ふっと吹きかけてくる息が酒臭くてひどかった。思わず眉間に皺が寄る。避けるように顔を背けるが、顎を掴まれて叶わない。
「カタいこと言うなって。大丈夫だから、ちょっとだけだから。味見くらい、いいだろ」






……to be continued?





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