「まだ始まらない」 桂小太郎という生徒が一年生だったとき、坂田先生は彼の教科担任だった。その生徒は、ただの生徒だった。 しかし最初の中間テストで、坂田先生はこの桂少年に仰天することとなる。 もともと銀魂高校のレベルはそれほど高くない。というか、アホが多いので、テストでの珍解答なんて慣れたものだった。 だが桂少年のそれは、坂田先生の想像をはるかに超えるものだったのだ。 何の変哲も無い、現代文の試験だった。確かに平均点は少し低めだったから、難易度は少し高かったのかもしれない。しかし問題はそんなことではなかったのだ。 桂少年は記述解答の解答欄すべてに、おかしな文章を書いてきた。それは繋げて読むと、壮大な冒険物語になっていた。最後の「筆者の伝えたかったことを50字以内で簡潔に書け」という問題の解答欄には、次回作の予告が書かれていた。 坂田先生は頭を痛めた。 これはアレだ、真性のアレだ。 決して深く関ってはならない。 しかし、そうして心を落ち着けたはずの坂田先生は、すべての試験の結果が出たときに、更に驚かされることとなる。 坂田先生が真性のアレだと思った桂少年は、学年10位という好成績だったのである。桂少年は、国語以外の教科についてはトップクラスの学力を持っていたのだった。 さすがに坂田先生はこたえた。 「なんでだよ?!俺がおかしいの??確かに平均低かったからさあ、出題に問題あったのかもしれないんだけど、でも・・・おかしいだろコレェ?!」 坂田先生は呑んで同寮の坂本先生に散々愚痴った。言ってスッキリしたかったのに、坂本先生はあまり人の話を聞かず、いつもの調子でアッハッハと笑っているので、結局ストレスは解消されなかった。そして先生はほんのり落ち込んだ。 俺の教え方がダメだったのか・・・? 坂田先生は仕事にはプライベートとか感情は一切持ち込まない主義だ。あんまり持ち込まなさすぎて、正直とてもやる気のない教師だった。 だからこれまで坂田先生は、仕事で自分の感情を乱されたことはあまりない。もちろんメカではないので、感情がないわけではない。受験では生徒の心配をしたし、卒業式には感動した。それでもこんなに感情を乱されたのは初めてだった。 坂田先生というのは、生徒とのコミュニケーションは嫌いではなかった。しかし、たくさんの生徒の顔と名前を覚えられないたちだった。 そんな坂田先生の目から見た桂少年というのは、これまた変わった人物だった。 長い黒髪、まっすぐ伸びた背。整った顔立ち。 変わっているとは思っていたが、まさかこんなに頭パーンだったとは。 関わりたくない。 純粋にそう思ったのだが、やはり国語だけ点が取れていない、ということが気になった。あのまっすぐな性格の少年のことだ、ふざけているわけではないだろう。 この事実を知ってしまった以上、見て見ぬふりをするわけにもいかない。 そうして坂田先生は授業が終わったあとで、桂少年を国語科準備室へ呼んだ。 いつもの風情を取り繕ってはいたものの、彼はそのとき、挑むような気持ちだった。 それが坂田先生と桂少年の、全てのはじまりだったのである。 |