反省と抱負







年末年始。
帰る実家も無い銀八は、自宅でだらだら過ごしていた。
30日、大掃除をしようと思ったが、掃除用品を買うのが億劫になってやめた。
31日、やっと原チャリでちょっと離れたスーパーに行き、掃除をはじめた。途中でだんだん面倒になってきたので、見えるところだけそれなりに掃除した。

紅白だの裏番組だのを見ながら、発泡酒を飲む。
珍しく物のないラグの上に、一冊だけ雑誌が置いてある。こともあろうに女子○生モノのエロ本だった。
銀八はそれをチラッと横目で見て、ため息を吐いた。

『俺は冗談じゃなく、先生とそうしたいと思ってます』

桂の声を思い出す。
夏季講習最後の日、桂に対して、教師にはあるまじき感情を抱いていることに気づき、銀八はとりあえずそれを無かったことにした。けれど、次の日コンビニに行ったら、桂そっくりの髪型の女子○生が表紙を飾るエロ本があったので、気づけばうっかり買っていた。
中身はたいしたことはない。教室でのシチュエーションの写真もなかった。それでもその本を買ったのは、表紙の女の子に桂を重ねたからだと痛いほどわかっていたので、銀八は半分やけくそでその本を使用した。それは彼に強い後悔と快感を与えた。桂の感触なんて知らなかったけれど、桂のことを考えてするのは思いのほか良かったので、銀八はこの本をなかなか捨てられない。

桂を手に入れた今でも。

簡単なことだ。
要は何人たりとも18歳以下のオコチャマに手を出すことは許されない。それだけ。
それだけのことが、どうしてこんなに重い?どうせわりとダメ教師だ、とっとと食っちまえばいいのに。
理由は山ほどある。
まず5日前のニュース。中学生買春の疑いで公務員男性を逮捕。
3日前のワイドショー。15歳差の大物芸能人カップルの破局。理由は年齢の違いによる周囲の反対と価値観の相違。
今日の夕方のニュース。教え子に手を出した高校教師を逮捕。合意の上だったと主張するも、法の前には関係ない。
銀八は面倒を嫌っているはずなのに、気づけば一番面倒なところに脚を突っ込んでいたのだ。
そして何より桂の純粋さが怖かった。

大体なあ、と銀八は誰に聞かせるでもなくつぶやく。
桂は17歳。盛りの真っ只中だ。いくらアレでも、そのくらいの欲だけは必要以上にある年頃だ。そして桂ははっきり言って経験が全く無い。
桂はセックスに対して、アホでメルヘンチックなイメージを持っている可能性が高い。『フワフワしててむにゅむにゅしてて気持ちよくって最高』とか、そんなこと思ってるに違いない。
そしてセックスが済めば、そこには愛という名のゴールがある、とか思っているに違いない。
だがあいにく銀八は立派(ではなかったが)な成人男性だ。
桂の思う夢の世界なんて無い。桂は立派な成人男性銀八に組み敷かれて、経験値の差から好き勝手にされるだけだ。
それで勝手に銀八とのセックスに幻滅されても困るのだ。

いざそんな段になったら、あいつどんな顔すんだ。

軽くなった缶の中身を一気に飲み干して、銀八は次の缶に手をつける。クリスマスイブを思い出して、ちょっとだけ笑い、プルトップを引く。炭酸独特の小気味良い音がした。

桂は可愛かった。
なんかもうよくわからないほど、奴はめちゃくちゃに可愛かった。
それは銀八の性欲も刺激したけれど、それよりも強く、銀八に『ずっと桂を見ていられたらいい』と思わせた。

「そーいうことなんだよなァ・・・」

つぶやいた銀八の声は、年末のお笑い番組にかき消される。
テーブルにはつまみに買った口取りと年越し蕎麦のつもりで食べたカップの蕎麦と発泡酒の缶が散らかっている。
口取りの餡が甘ったるい。
クリスマスにした甘ったるいキスの感触を反芻してしまう。

銀八は気まぐれにエロ本を眺めた。
心地良い酒と、思い出される桂の感触のせいですぐに興奮したので、銀八はそのまま一人ですることにした。

セックスが全てではないと言っておきながら、このザマだ。
ちょっと自虐的な気分にもなったが、久しぶりだからと自分に言い訳する。

「・・・ッく、」

写真に桂を重ねてするのは、やはり良かった。
慌ててティッシュを引き抜いて手をぬぐったら、ちょうどテレビが新年を告げた。

目を閉じて余韻とわずかな罪悪感に浸る。

「・・・うっかり手ェ出しちまうかもなあ」

自分の言葉にどきりとした。
それは甘美な誘惑だが、危険すぎる考えだ。
新年早々なにしてんだ、銀八はため息をついて雑誌を閉じる。しばらくこの雑誌は捨てられないだろう。
それにしてもしばらく桂の顔が見れないと思うと・・・、と、そこまで考えて、銀八は振り切るように発泡酒を飲み干した。
元旦らしく、と思って銀八が考えた今年の抱負は、「なるべく我慢する」だった。
この抱負がどうなるのか。
それは銀八にもまだわからない。
ただ、彼は今、桂に会いくてたまらなかった。


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