幼馴染 放課後の銀魂高校正門に寄りかかっているのは、派手な赤いシャツといかにもな眼帯をしている男子高校生だった。ズボンの裾は擦り切れ、赤いシャツは胸元まではだけている。へこんだ鞄を面倒そうに肩にかけ、ポケットに突っ込んだ手首には、高級腕時計がはめられている。 あからさまに不穏な空気に、銀高風紀委員が黙っているわけがなかった。彼らはこの不審人物に職務質問をかけたが、相手は小ばかにしたように薄く笑うだけで、埒があかない。 ようやく門の様子がおかしいことに気づいたのは、よりにもよって、おそらく高校一適当な教師だった。 「オイオイお前ら、抗争ですかァ?70年代に帰ってやって来なさいよ…」 眠そうにあくびしながら声をかけたその教師に、不良少年高杉は不遜な態度で言い放った。 「3Zの桂小太郎を連れて来い」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 桂はいつも高杉の前を歩いていた。高杉は小さな頃から、ずっと彼のまっすぐに伸びた背を見ていた。桂は必要ならばすぐに振り向いたし、手も繋いでくれた。けれど隣に立つことはない。それが歯がゆかった。 「お前という奴は、まったく世話の焼ける。あんなに目立つマネをして、何のつもりだ」 「迎えに来てやったんだよ。たまたま近くまで来たからなァ」 「そうであれば、それなりの態度というものがあるだろう。風紀委員はともかく、教師にまであの態度というのは関心せん」 「知らねェよ。つーかアレ教師なのか?ヤニ吸ってやがったぜ」 「…担任だ」 「担任?」 高杉は片目を見開いた。一泊おいてから、あからさまに不機嫌な声を出す。 「例の、変人貧乏教師か」 以前、高杉は桂からその教師について聞いたことがあった。なんでも一緒に近所の商店街の祭りに行き、桂には何もおごらないくせに自分だけ練乳がけかき氷を食べたらしい。その話を聞いた時から頭の中で勝手に頭の薄くなった気味の悪いセクハラオヤジを想像していたのだ。 「そんな言い方はよせ」 「あァ、テメェは気に入られてんだったな。どうだ?推薦のクチでも聞いてもらえんのか?」 「なぜそういう言い方しかできんのだ。…見た目や態度は確かにダメっぽいが、アレでなかなかいい先生だと、俺は思う」 そう言う桂の口元はやわらかい。 兄弟のように育ったから、桂のことならなんでも知っていると思っていた。その気楽さがもどかしく、鬱陶しくなったのは中学に入ってからだ。あえて避けるようになった高杉に、はじめのうち桂は食ってかかってきた。高杉の素行が悪くなればなるほど、桂はしつこく追いかけて嗜める。ウザったかったけれど、心の中でそれを喜んでいる自分がいることに、高杉は薄々気付いていた。だが高校に入ってから、桂はあきらめたのか、高杉に何も言わなくなった。顔をあわせるのは週一回のそろばん塾だけ。その塾もサボりがちになった高杉は、新しい仲間とつるむようになった。楽しいのか楽しくないのかもわからない。ただ胸中にわだかまるものを発散させたくて、騒がしい喧騒の中に身をおいていたかった。 だから、そうしている間に桂の身に何がおきたのか、高杉にはわかるはずもない。 「ところでテメェ、もうすぐ誕生日だったな」 「そうか、そうだな」 「なんか欲しいモン、ねェのか」 欲しいものがあるのは桂ではなく高杉だ。このままだと手の届かぬどこかに行ってしまいそうで、何か桂と自分を繋ぎとめるものが欲しかった。 「欲しいもの?」 「何でも買ってやらァ」 桂は見開いていた目を細めてつぶやく。 「買えるものなら、良かったんだが」 「あ?」 「いや、なんでもない。そうだな、ではプラズマハイビジョンテレビかゾニーのパソコンでいいぞ。インテル入ってるやつで」 「「でいい」って何だよ、アホかテメェ!」 「本当に欲しいものはな、自分で手に入れるしかないのだぞ」 桂はまた大人びた表情を見せて笑う。 そんなふうに、一人で勝手に大人になってんじゃねェよ。 ・・・・・・・・・・・・・・・ 塾の帰り、高杉はコンビニに寄った。家と高校の中間地点にあるそのコンビニでは、悪友の河上や武市がバイトしている。彼らからであれば、酒も煙草も買いたい放題なのだ。 「晋助」 店の自動ドアをくぐると同時に掛けられる河上の声を無視する。大またで飲み物のショウケースに向い、ビールの缶をいくつか引っつかんで、勢いよくガラスの扉を閉める。500ミリ缶4本を手で持つのに苛ついて、缶を手近にあったカゴに放り込む。つまみにと、適当に一番高額で辛めのジャーキーも放り込んでレジに向う。 そのとき、高杉の視界に白いものが飛び込んできた。 一度見たら忘れられない、白髪の天然パーマ。シャツはだらしなく裾からはみ出している。 高杉が思わず足を止めると、しゃがんでいたその男が顔を上げる。 「あ、さっきの」 桂の担任、変人貧乏教師だった。 「…何やってんだテメェ」 変人教師は高杉の剣呑な雰囲気にも押されず、苦笑しながら立ち上がった。 「別にいいでしょーが、何してたって。教師だってなァ、学校出たら一人の人間なんだぞコノヤロー」 つかみ所の無い口調に、高杉は何となく嫌な気分になる。男のカゴの中を見やると、イチゴ牛乳が入っていた。それからコンビニ弁当。そして変人教師はその中に、さもなんでもない様子で手に取っていたらしいローションとコンドームを追加した。黒地に銀の文字で、ご丁寧に薄さが書いてある。 「聖職者がコンビニでゴム買ってんのか。まさかテメェの生徒じゃねェだろうなァ?」 「聖職者だからこそ買うんだろうが、優しさと思いやりだぞー。つーかお前こそ、酒はダメでしょ酒は」 変人教師が偉そうに高杉のカゴを指す。 「関係ねェよ。学校出たら教師じゃねェんだろ」 「だっから、一人の人間的に注意してんの。…ったく、あんまヅラに心配かけんなよ」 「あいつは今関係ねェだろうが!」 急に桂の話を振られて、なぜか高杉はかっとなった。 「いやいや、あいつ受験で難しいお年頃だから、弟離れさせなきゃなんねーのよ…。いっつもお前の心配してんぞ、あいつ」 「知るか。あいつが勝手に心配してるだけだろ。なんだ弟離れって」 昼間に見たときから気に食わなかったが、この段になると高杉は憎悪すら感じた。知ったように桂のことをぺらぺらと話すのが、どうにも許しがたい。 「本当は、あいつの気ィ引きたいだけなんじゃねーの?高杉君?」 次にどんな言葉で反論してやろうかと思っていた高杉に、冷や水のような言葉が浴びせらた。 「何、だと?」 「お前も、兄離れしろよ」 常であったら、屈辱的な言葉にキレていたはずだ。それができなかったのは相手が大人だからか、その言葉が真実だったからか。 高杉が呆然としている間に、変人教師はさっさとレジに行ってしまう。 誰より桂を知っているという優越感が、手のひらから零れ落ちていく感覚。 少なくともあの変人教師ですら、高杉の知らない桂をあんなに知っている。 まして桂に変化をもたらした人物は、もっと桂を知り尽くしているのだろう。 そう考えるとどうしようもない喪失感がこみ上げた。 「クソっ」 高杉は悪態を吐いて、ドアをくぐる白髪頭を見送るしかなかった。 |
※ 先生の買出しは勿論桂君とのイロイロを想定してのものです。先生もぎりぎりですが、私もそれ以上にギリギリです・・・。