26日 2. 待ち合わせたのは26日金曜日の午後八時、銀八の家から徒歩20分の駅前のロータリーだった。運良く梅雨の晴れ間だったので、銀八は原付で登校し、そのまま帰りに落ち合った。 多分誰も怪しまないだろうけれど、さすがに一緒に学校を出るのはどうかという話になって、桂は一度家に帰っていたのだ。 ロータリーで桂を拾うと、彼がしきりに蕎麦を食べたがったので、夕飯前だった銀八は仕方なく駅から少し離れた蕎麦屋に連れて行った。 カウンタに並んで蕎麦をすする端整な横顔を、銀八はちゃんと見ることができない。 少しは掃除をしたので、銀八の部屋はそれなりだった。が、入るなりあからさまにきょろきょろ見渡されると、いつも無感動な銀八でもさすがに落ち着かない。その視線を感じたくなくて、銀八は窓を大きく開いて篭った空気を入れ替える。夜になると少し風が出ていて気持ちがいい。エアコンをつけるにはまだ早い時期だ。 「汚された気分になるから、じろじろ見るのやめてくんない?…つーか、ずっと気になってたんだけど、その馬鹿デカい荷物は何よ?」 桂が手にしているのは、一泊とは思えぬ量の荷物がつめこまれたボストンバッグだ。 「先生が昨日『いろいろ準備してきなさい』って言っていたので」 「イヤ言ったけども、俺ん家なんもねぇから…。でもこの量ってなくね?何入れたらこんなんなるの?」 「これですか?ええっと…」 桂は荷物を下ろして中をごそごそやり始める。出てきたのはシャンプーとコンディショナー(弱酸性のデメリット)に、濃紺の浴衣だった。 「浴衣?なにお前、浴衣着てんの?!」 「普段の寝巻きです」 「ね、寝巻き…寝巻きかぁ…」 銀八は若干引きつつも、桂らしい単語を反芻する。修学旅行のときに、やけに桂が浴衣を綺麗に着ていたのにもようやく合点がいく。何のことはない、毎日着ていたのだ。 「それから」 そう言って桂は、糸瓜、バスタオル、石鹸、マグカップ、茶碗、箸などなどを次から次へと出してみせる。 「………」 「あとは、歯ブラシと、櫛と、目覚まし時計と、枕です」 「枕ぁっ?!」 桂の口にしたありえない単語に、銀八は思わず目の前の頭を引っぱたく。イタタ…と頭をさすっているが、銀八はお構い無しにまくし立てた。 「ナメてんのかてめーは!何コレわざと?ケンカ売ってんのか?」 怒鳴られた理由がわからないのか、桂は呆けたようにエリザベス柄カバーの枕を抱き締めている。 エリザベスの丸い目がいくつも視界に飛び込んできて気持ち悪い。吸い込まれそうな円の連続に銀八は胸がムカムカしてきた。 セックスしに来たくせに、自分の枕持参ってどういうことだ。 本当にヤる気があるのか?! 「もーいいわ、お前その枕で一人で寝れば?お前なんかソファに寝てろ!」 叫ぶようにソファを示すと、桂はやっと合点がいったのか、目を見開いて泳がせた後、「いえ、えっとあの、間違えました」と言う。 その動揺した姿を見てようやく溜飲が下がり、銀八はふっと笑って、桂をせかす。 「シャワー浴びて来なさい」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 銀八がシャワーから上がると、先に上がっていた桂が勝手にテレビを点けていた。くたびれた背の低いソファに三角座りをしている。髪は持参のドライヤーで乾かし済みなのか、まるでいつもと変わらずに背に流れている。 銀八は洗いすぎてごわつくバスタオルでがしがし髪を拭いた。伸びきったTシャツが肌に張り付く。その段になって初めて何も出していなかったことを思い出し、慌ててグラスとペットボトルのウーロン茶を持っていく。氷はないけれど、グラスを受け取ると桂は満足そうに礼を言った。 テレビからは女性アナウンサーの声が聞こえる。9時のニュースが流れていた。 「お前こんなの見てるわけ?高校生で?」 「いけませんか」 「いけなかねーけど」 「でもお笑いも割と見ますよ。あとは夏のソナタとか。最近流行ってるらしいので」 「もう流行ってないんですけど」 銀八は桂の手元からリモコンを奪い、適当にチャンネルを回していく。ちょうど洋画がやっていたので、銀八はそこでチャンネルをとめた。映画にはさほど興味が無い銀八にはタイトルもわからないが、部屋にオーディオ類が一切ないことを考えると、音が何もないより幾分マシだった。 「先生は、どうして先生になろうと思ったんですか」 ふいに桂が口を開く。 「はぁ?いきなり何よ?」 「質問を質問で返さないで下さい。…もし、先生が教師じゃなかったら、何をしていたのかと思ったんです」 「またいつもの妄想か?…そうだなぁ…」 銀八はビールを一口やる風に、グラスのウーロン茶に口をつける。 本当は煙草が欲しかったが、これから桂とすることを考えると、なかなか手が出せない。口寂しさを紛らわせるものなら目の前にいるのだ。朝に一服しよう、と頭の片隅で考える。 「俺はなぁ。昔は「なんでも屋」ってのをやりたかったな」 「『なんでも屋』?」 「おー。ずっと前な。ちょうどお前くらいの年だったけど。進学も就職もめんどくせーし、就職氷河期だっつって、仕事なんて選びようがなかったし」 「それで、『なんでも屋』ですか?」 桂は笑いを堪えたような、なんとも複雑な顔をする。こいつ、バカにしやがったな。 銀八は軽く桂の頭を小突いた。 「バカにしてんじゃねーよ、あれでも真面目に考えてたんだよ、一応。なんかちょっと困ってる人を助けたりしたかったんだって。お前みたく、世界とか政治を変えたい、っつーグローバルさはなかったから、まず足元から、みたいな?」 「でも、結局教師になったんですよね」 「その頃の俺の担任が、ちょっと変わったおかしな人で。その先生にガツンと言われたんだよ、『そんなもんは逃避だ』っつって」 「それで?」 「で、教師ってのも、ある意味「なんでも屋」じゃん?って気付いて。授業もするし、進路指導もするし、弁当付き合ってやったりさ。だから、そんな「なんでも屋」ってのも、アリだと思ったわけ」 銀八は懐かしい恩師の面影を思い出す。教え子とこんな風になってしまって、もう会うこともできない先生には申し訳も立たないが、彼のおかげで今、桂とこうしていられるのであれば、もう本当に精一杯礼と詫びを入れるしかない。 「それで、教師になったんですね」 「まー、そんな感じかなァ」 「もし、『なんでも屋』をしていたら、今頃どうしてたんでしょうか」 「さぁな。そーだな、多分仕事もあんまなくて、一日ダラダラしてたんじゃね?適当にバイト2人くらい雇って、浮気調査とかペット探しとか、夏は海の家やったりとか」 「それも楽しそうです。母を探している子供のために、妖しい歓楽街にはびこるマフィアの抗争に巻き込まれたりとか、巨大犯罪シンジケートの悪のたくらみを偶然知り、つかまった仲間を助けるため奮闘するとか、海の家のバイト中にカメを助けて竜宮城に行ったはいいけれど、そこを支配する乙姫は」 「あーもうその辺でやめてくんねーか」 「でも俺はやっぱり、先生が教師で良かったと思います」 桂が穏やかな表情をみせる。 はじめて桂と二人で話した時びは、まさかこんな表情をみせてくれるようになるなんて、つゆほどど思っていなかった。 銀八は十八歳になった桂を知る。 もしかしなくても、桂が進路で悩んでいるのはわかっていた。相談されたことはないし、今のところはあえて踏み込むつもりもない。桂はそれを自分で決められる男だし、彼にもプライドというものがある。 彼はもう十分に大人だ。現にシャワーを浴びたほの暖かい体からは清潔な色気が漂っていて、銀八を常に意識させている。普段は一人で存分にくつろいでいるソファも、男二人ではどうしたって密着する。 タイミングよく映画がラブシーンになった。名もわからない海外の俳優が、キスを交わす。画面はオレンジ色のやわらかい光を帯びていて、この後はベッドシーンになるだろうと銀八は思った。桂もそれを悟ったのか、一瞬身体をこわばらせ、身体をそわそわと動かすのに気付く。銀八はその背中をそっと抱き寄せた。 細い身体が震える。 心拍数が上がるのを自覚しているのに、銀八の指はいたってゆっくりと桂の輪郭を辿った。肩から腕を辿って、人差し指をなぞる。 『ん、あ…』 画面のキスが激しさを増す。二人はきつく舌を絡めているようだ。 銀八は浴衣の上から、そっと桂のふとももを撫ぜる。 「先生、」 「ん?」 ブロンドの美しい女優がベッドになだれ込む。髪が散らばる様がやたら芸術的に描かれていた。スローモーションがかかっているのだろうか。 桂のまだ少し湿った髪の毛に触れる。銀八は普段触れるときよりも意識して強めに梳いてみた。横になってキスを交わす二人の映像を視界の隅に入れながら、桂のうなじに口をつけると、小さく耐えるような声が漏れた。 そのまま首筋を舐めあげて、耳朶を甘噛みする。そっとなぞっていただけの指先は、もう完全に愛撫として、桂のふとももや胸元を堪能する。麻布の上からの感触だけで完全にその気になってしまう。 「先生…」 俯き加減の桂の腕は、所在無さそうにソファを掴んでいる。銀八はその指を捕まえ、自分の口元に連れて行く。水音をたてて人差し指を銜えると、桂がふとももをすり合わせる。 「感じてんの、ヅラ…?」 「ヅ、ラじゃない、桂です」 たどたどしく、動揺した声が銀八の耳を侵食していく。舌で何度も舐めていると、指から力が抜けていく。桂が振り向き、銀八にキスをねだる。唇が触れそうになった瞬間、テレビから爆発音がして、ぱっとテレビの画面が点滅した。ラブシーンはとっくに終わっていて、派手なアクションが始まったらしい。水を差されたのに苦笑しながら、銀八はテレビを消した。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 寝室に連れ込むなり、銀八は桂の帯を解いた。ベッドにもつれ込んで圧し掛かると、強くないつくりの折りたたみベッドが軋む。桂の指が銀八のTシャツの裾をぎゅっと掴み、遠慮がちに銀八の肌に触れた。 暖かくてやさしい手のひらの感触と、浴衣がベッドから落ちる音。 理性とは一体どういったものだったろう。 銀八は細い鎖骨にしゃぶりついた。 「ぁっ」 胸の先を何度も吸うと桂が頭をゆるく振る。そのたびに長い髪が乱れていく。銀八を真似ようとしたのか、桂が銀八の鎖骨に唇を押し付けてぎこちなく舐めた。 「…痕、つけんなよ」 唇が触れたところから鳥肌がたっていく。たどたどしくも銀八を愛撫する桂が、脳の髄と下半身をダイレクトに刺激する。 少し抵抗を見せる足を押さえつけて、下着を脱がせた。震えている桂の先端を親指で押すと、堪えきれないように桂が鳴く。 「…っ、ヅラ…!」 銀八は慌てて立ちあがり、寝室に据え置いた箪笥の小抽斗から、先日買ってしまったローションとコンドームを取り出した。それからハーフパンツのスウェットを下着ごと脱いで、再び桂に覆いかぶさる。桂は圧し掛かられただけで喘いだ。その声に興奮しながら、あわただしくローションを手に取り、彼の腹に垂らす。 「っ!は、何?!です、か…」 「ん?…気持ちいいから」 円を描くように腹を撫でてからぐっと浮き出た骨盤を舐めあげ、滑る指で桂の先端から根元までをつっとなぞった。 「ぁぁあっ!」 「な?どうよ…?」 勝手は知らずとも、銀八の指は本能と仕入れたなけなしの知識に頼って桂を暴いていく。 「先生っ、そこは、」 「ここに入れんだ、わかんだろ」 慌てた桂の腹筋と足が跳ねる。それを体重をかけて封じ込め、唾液を垂らし、ローションを混ぜる。時折先端に触れては染み出した液も混ぜていく。潤みきった音に、銀八の息が速くなる。 ぐっと力をいれて指を挿入すると、桂が息を止めた。 「止めんな、…息、ちゃんとしてろ」 指を増やしてゆっくり動かして、抜いてはまた唾液を注ぐ。桂のそこは、常ではありえないほどに溶けていく。それでも桂の状態を思って躊躇する銀八の頭に、ふいにやわらかい感触が降りてきた。 「ヅラ?」 「ヅラじゃない、です。先生…もう大丈夫、です」 まっすぐな目は、ただ銀八だけを映した。 コンドームの箱は乱暴に開けたせいで破れてしまった。かすかなゴムの匂い。ローションですべる指をなんとか制して、性急に被せる。急な角度のついた自身を握り、もう片手で桂を探る。くぼみに擦り付けるとぬるついて滑った。それを笑う余裕もなく、銀八は緊張に背けてしまった桂の顎を捕える。 「せ、んせい、ぁ、ああっ」 首筋にキスを落とし、痛みに反った背をさする。 それでも銀八は引いていく細腰をぐっと捕まえ、繋ぐ力を緩めようとはしなかった。 もうなんとしてでも、桂を手に入れるのだ。 やっと手に入れられるという安堵と、一刻も早く自分のものにしたいという焦燥。半年以上の御預け状態は、思っていたより銀八にとって負担になっていたらしい。抵抗していない今のうちに、乱暴に抱いてしまいたいのと、散々甘やかして鳴かせたいのとで混乱する。 「!!はっ、くっ」 半ばまで埋めたところで止まっているのがもどかしい。入り口はきつく締め付けるが、そのくせ中はやわらかく濡れて銀八を誘惑するのだ。 「く、ヅラ・・・ぁ」 桂が眉を寄せる。息が浅く、本当に辛そうだ。罪悪感に力を緩め、唇を吸う。 「大丈夫か・・?できそうか?」 「だい、じょうぶです」 銀八はローションでぬれた手で桂の首筋や乳首を愛撫すした。できるだけ、性的に感じるように。 「動いていいか…っ?」 浅い息の中で桂が何度も首を縦に振るので、銀八は酷いことをしていると自覚しながらもゆっくり身体を揺らした。 信じられないほどの一体感。 俺たちにとって、互いの立場に意味など有っただろうか。俺とこいつがいて、そこには何の隔たりも無い。あるのはただの薄い避妊具だけだ。 そんなものに意味などない。あるとしたら、それは隔たりではなくむしろ愛ってものだろう。 桂の口の端から垂れる唾液がもったいなくて、慌てて吸いつく。すると彼が必死に舌を伸ばすので、それだけで銀八はまた堅くなっていくのを感じる。 「んん、んん!!」 絡む舌が気持ちいい。上でも下でも絡み合って、全身が桂と一体になっている。 嬉しいとか、切ないとか、独占欲とか、愛しいとか、そういった全てが混ざり合って、もう感情も思考も付いていかない。ただ目の前で眉を寄せてキスを繰り返す桂のことだけを感じている。 「桂ぁ、…っ、どこに、出して欲し、い?」 「ぁっ、あっ、わかりません、そのまま、そのまま出し…っ」 銀八は一際深く桂と身を繋ぐ。桂の手の温度を背に感じて銀八は呻く。 「先生…」 全身が痺れる。 前に触れ合った時には、桂との思い出が浮かんだ。 けれど今はもう何も浮かばない。 今抱いている、 本物の桂が銀八の全てだった。 続く |
続いてしまった…