26日 3. カーテンの隙間からはかすかに陽が射し込んでいる。 目を覚ました桂は、銀八に抱き込まれていることに気がついて動揺した。あわてて起き上がろうとしたが、鈍い痛みにまたベッドに倒れこむ。 最中の銀自分の恥ずかしい言動や、銀八の表情を思い出すと、いたたまれなくて仕方ない。桂はうろたえて着るものを探そうと布団の中をまさぐったが、銀八に脱がされた下着の行方はわからない。それでベッドから降りようと、なるべく痛まない体勢を探りながら体を起こす。と、腕がぐんと引かれ、桂はまたベッドに沈んだ。 「何、してんだぁ…?」 「先生」 「ん…」 銀八は寝ぼけているようで、ほとんど目は閉じたまま再び桂の頭を抱え込んだ。銀八の肌を目の前にして柄にもなく桂は落ち着かない。 性行為については十分覚悟ができていたつもりだったが、その後について桂は何も考えていなかったのだ。 抱え込む腕の力が抜けたので、桂は少しずつずり下がって抜け出し、眠る銀八を観察する。 眼鏡をかけていないせいで、いつもより幼く見える。薄く開いた唇。寝息にかすかにいびきが混じる。その胸が上下するたび、やわらかい癖毛がゆれる。 そういえば最初に先生を見たときから、この髪に触ってみたかったんだった、と桂は思い出した。細い指を伸ばして、髪の毛に触れてみる。不思議な銀の髪は十分に空気を抱き込んでいる。好き勝手な方向に跳ねている髪の毛は、銀八そのものだった。桂はどうしようもなく引かれ、触れてみたくなるのだ。 不意に銀八の目が開いた。とろんと眠そうな目が桂を認識する。 「づら…」 まだうとうとしている銀八は、寝ぼけたまま桂にキスをせがんできた。寝起きの銀八に油断しきっていた桂は、いきなり舌を入れられて驚く。 意外に強い力でそのまま桂を組み敷き、銀八は再び桂の体をなぞり始めた。 「ちょ、先生っ、」 「…ン、」 銀八は桂の抗議を無視して強引に首に顔を埋め、鎖骨を無心に吸っている。強引だというのに、その無防備な表情に桂はどうしていいのかわからない。手持ち無沙汰だったので、目の前の銀髪をくしゃくしゃ撫でていたら、腹に湿った銀八が触れる。 あわてて桂は枕元を探り、コンドームの箱を捕まえて銀八に差し出す。すると銀八はようやく目をはっきり開いて、その苦笑した。 「もっかいしたいの?」 「え、あの、先生の…」 コレ、と言って桂はおずおずとゆるく立った銀八に触れる。 「無理すんなって、いてーんだろ」 言って銀八は箱を枕元に戻すと、以前したように互いを触れ合わせる。 そうして桂はぬれた銀八とその指に暫し酔い、指先が痺れさせてのぼりつめた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 荒い息を整えながら、銀八が桂の腹を拭う。 「まだ『スポーツ』っぽいかぁ?」 銀八がのんびり桂に尋ねた。何が楽しいのか、臍に溜まってしまったどちらのものとも付かない体液を掬って糸を引かせたりしている。いたたまれずに桂はそれから目をそらした。 「スポーツというか、決闘みたいな感じでした」 「え、お前戦ってたのかよ」 「真剣勝負です。ちょっと、体力がいりますね」 銀八が噴出した。素直に感想を述べたのに噴出されて、桂はなんとなくムっとする。 「お前のそういうとこ、悪くねぇわ。意味わかんない時のほうが多いけど」 そういって銀八はまた桂の旨に頭を摺り寄せた。 「先生、今何時ですか」 「いいじゃん何時でも。もうちっと眠らして…」 銀八はそう言いながら既に目を閉じている。そのいつもと違う様子に、桂ははたと気付いた。 甘えられているのだろうか。 普段は休日でも6時には起きるのに、銀八のせいにして桂も惰眠をむさぼることにする。 桂は初めてこの男と同じところに生きている気がしていた。ダメさや大人の余裕や男の顔や無防備に甘える姿を臆面もなく見せる銀八に、どうしようもなく切なさと懐かしさを覚える。昔からずっと知っているような、懐かしい感覚。それに安心しながら、桂も深く目を閉じた。 ・・・・・・・・・・・・・ 日曜日の夕方、銀八は桂の最寄り駅まで送っていった。明日の朝には学校で顔を合わせるというのに、別れ際、妙に離れがたく思ってしまったのが信じられない。 まる二日間、銀八はダラダラと桂とともに過ごした。調子に乗って昨日の晩にも一線交えたせいで、改札に向う桂の足は鈍っていた。悪いことしたな、と思う反面、自分のせいかと思うと、ちょっとした征服感がある。 たった二回のセックスで分かり合えるはずなどなかったけれど、今回ひとつだけわかったことがある。互いに妙に安心するということだ。 年下の、壊滅的なアホだとわかっているのに、なぜか甘えられるのだ。桂も一見表情が乏しいように見えるが、あれでわりと嬉しそうな顔をしたりするのだ。 しかし銀八が唯一不覚だったのは、散々偉そうに言っておきながら、結局抑えが利かず、桂の体に散々痕を残してしまったことだった。 ちょっとだけなら、と思っていたら、気付けば無心に桂の体をむさぼっていた。しかもそれを全く意識していなかったので、事が終わった朝に桂の身体に散らばる痕を見て、正直自分で自分に引いてしまった。 …バカか俺は。 思い出すと最悪だった。今日はまだ桂もそれに言及する余裕はないようだけれど、たぶんアレはあとからネチネチ指摘されるなと思って、ため息をついた。 夏至の17時はまだ明るい。 二人で外に出るとやっぱり人目が気になり、銀八は車を持っていないことを初めて不便に思った。愛着のあるこのべスパを捨てるか否か。難しい問題だ。 とりあえず、歯ブラシだけでも置いてやるか。 駅からの帰りに、銀八はいつものコンビニに寄り、いつものいちご牛乳と桂の歯ブラシをカゴに入れた。 ふと見ると、ドリンクのショウケースにはまだエリザベストラップの付いた「大岩井いちごとミルク」が売っている。その魅力などさっぱりわからなかったが、銀八は気まぐれを起こして、ちょっとお高いそのペットボトルを手に取る。ストラップには何種類かあるようだが、とりあえず手近にあった一番マシそうなものをカゴに放り込む。 それはやっぱり、スキューバダイビングエリーだった。 |
もうあんたら、好きにしたらいいじゃない!(笑)