「ありふれた話」
(若干、チラっとですがWJ43号ネタバレっぽいものがありますのでご注意下さい)






九月に入ってから、ダイレクトメールが増えた。半額だの三十%オフだの。使うかもしれない、と思って取っておくけれど、結局去年はひとつも使わないままで、先日やっと処分したばかりだ。
職場でも言ったことはないし、聞かれたこともない。唯一知っている坂本が飲みに連れて行ってくれたり、AVをくれるくらいで、あとはただ衰えていく体力を数値で実感するだけの日になっている。
さて、そんな銀八だが、今年は趣が違う誕生日になる予定だった。要するに三連休の中日で、天気予報によれば雨は降らないらしく、そして、桂が来るのだ。

目覚ましを止めた銀八は、横になったまま、去年の誕生日を思い出していた。あの日は坂本持ちの勘定で飲んだはずだった。たらふく飲んだ銀八は、早々に潰れ、記憶はほとんどない。
残念な誕生日を思い出して感傷にふけっていると、インターフォンが鳴った。時計は八時を指している。休日の銀八にしては早い方だ。
「……三十分も早ぇーじゃねーか」
寝起きの銀八は眼鏡だけを掴み、取っ散らかった髪もそのまま、玄関のドアを開けた。
「先生、おはようございます」
ドアの外に立つ桂の姿に、銀八は一瞬人違いだと思った。思ってすぐにドアを閉めた。寝起きのせいだ。それか、もっと目が悪くなったか。
ドアを叩く音がする。先ほど飛び込んできた光景が嘘であるよう願いながら、銀八は恐る恐るドアを開けた。
立っていたのは桂には間違いなかった。間違いないが、とりあえずチャイナドレスを着ていた。アホみたいにまっすぐな髪は、ワックスか何かで盛ってあって、ごくゆるく波がかかっている。それから、まつげが通常の三倍くらいになっており、唇は紫に染まっている。
「おはようございます。アレ?起きたばかりですか。相変わらずひどい寝癖ですね」
銀八は頭を抱えた。桂に比べれば、銀八の寝癖なんて取るに足らない問題だ。何がどうしてこうなったのかわからないが、追い返すわけにも、放っておくわけにもいかない。銀八はすばやく桂を部屋に引っ張り上げ、鍵をかけた。
「えーと、どこからつっこんでいいかわかんねーけど、まず、アレか。悩みでもあんのか」
「ないです、全然」
「じゃあその……、どーしたの、そのカッコ……」
銀八は改めて桂の女装姿を上から下まで眺めた。華奢とはいえ、骨の作りは完全に男だ。上背もある。肩や肘には、バリバリ男がにじみ出ている。何より胸がない。ないくせに、ハート型の穴が開いていて、肌が丸見えだ。深すぎるスリットからは、長い足が太ももまで見えている。そんなところは一緒に寝たときとか、風呂でしか見たことがないので、銀八は死ぬほど動揺した。
「ああ、これですか。実は今日のために準備していたんです」
「準備って、何?まさか、ちょん切ったりしてないよな……?俺、別にオカマが好きなわけじゃないんですけど」
「取ってません。それと、俺もオカマになりたいわけではありません」
きっぱり言い放つ桂に若干ほっとする。が、桂の行動の意味はさっぱりわからない。今までだって理解できたことは少ないが、これはその中でも群を抜いていた。
「じゃあどーしちゃったの……ギャグ?体張ったギャグなの?笑えばいい?」
ギャグじゃない、と前置きしてから、桂は小さなチケットを二枚、取りだした。
「先生、デートしましょう」




気温はあまり高くないが、さわやかな秋晴れで、大変結構なデート日和だ。考えることは皆同じ。カブキランドは盛況で、連休中でもおそらく一番混み合う日程だ。すでに陽は落ちている。夜の花火を待つ人も次第に増えてきた。
桂はホットドッグを買いに、少し離れた売店に走っている。その間に銀八は、唯一の喫煙所に駆けこんでいた。
本当なら今頃は、と銀八は煙を吐き出す。桂とは片手で足りるほどの回数しか寝ていない。実際、二人には時間もなかったし、立場が立場なので、どうにも首が回らなかった。だから、桂が誕生日を一緒に過ごすと言ったときには、一日中ベッドで過ごすのもいいかと思っていたのだ。しけているとはいえ、曲りなりにも誕生日だ。そのくらいのわがままは聞いてくれるだろう、と。出歩くのが嫌なわけではなかったが、朝のショックもあいまって、すっかり疲れてしまった気がしていた。

遠くから楽しげな音楽が聞こえてくる。喫煙所にたむろしていた連中も、ぽつぽつ姿を消す。夜のパレードを見に行くのだ。連れ立ってゆくカップルを眺めながら、桂の帰りが遅いことに気が付いた。携帯を開くが、メールも電話も来ていない。桂と分かれてから、既に二十分が経っていて、さすがに銀八は心配になった。
今日の桂はチャイナドレスなのだ。ノースリーブは寒いだろうと、銀八の貸したカーディガンを着ているが、スリットからのぞく足は隠れなかった。昼間なら男らしさにも気付くだろうが、この暗さではどうだ。
要するに、桂は遊園地デートのために変装してきたのだった。だがチャイナドレスの桂と一緒に歩くのは、はっきり言ってある種の拷問に近かった。すれ違う人の視線が気になって仕方ない。もちろん、原因は、上背とやたら濃いメイクのせいだが、実はそれだけでもなかった。桂には、ちょっとバカにできないような、ぞくっとするくらいの色気があったのだ。もし二丁目の店にいたら、間違いなくナンバーワンになれるだろう。
まさか、襲われてないだろうな。胸騒ぎがして、銀八は短くなった煙草を灰皿に押しつける。桂の携帯に電話をかけながら喫煙所を出たが、十回目のコールが鳴っても桂は出ない。桂はああ見えてバカ力だ。だが襲われた経験はないだろう。焦った銀八が桂の向かった道を走りだしたとき、後ろから探している張本人に呼び止められた。桂はホットドッグやらドーナツやらを抱えて突っ立っている。
「どこ行くんですか?お手洗いなら反対側ですよ」
「ちげーよッ!つーか、おせーだろ、どんだけ待たせんだ!」
さっきの心配を思い出すと無性に恥ずかしく腹立たしい。腹いせに桂の頭を軽く小突いて、手にしていたドーナツを奪い取る。
「すみません、ドーナツが美味しそうで、つい隣のお店に並んでしまって」
すっかり空は夜の色をしている。パレードははすぐそこまで来ていた。けれど生憎人だかりができていて、とても近くでは見られそうにない。二人は人ごみから離れ、植え込み近くの手すりに腰掛けながら、軽い晩飯にありついた。少し遠くに、パレードのキラキラした電飾が見える。十月の空気に電飾がちかちか瞬いて、夢みたいだ。
「いーの?パレード見なくて。ああいうの好きじゃん?」
銀八はドーナツにかじりつきながら指差した。その先では犬のぬいぐるみがくるくる踊っている。
「ん、いいです」
ホットドッグをむさぼる桂が答える。膨れた頬が化粧に似合わない幼さで、ちょっと笑えた。
「俺は別に、パレードを見たかったわけじゃないですし。もっといえば、どうしてもカブキランドに来たかったわけでもなくて」
「え、そーなの?」
ホットドッグをあっという間に平らげて、桂はウーロン茶を飲み干した。
「はい。俺はただ、先生に普通のデートを楽しんでもらいたかっただけで」
初めてツーショットの写真を撮ってもらった。待ち時間には、二人でアイスを半分こにした。一日中ずっと、明るい日差しの下、隣同士で歩いた。人ごみで手を繋いだのは初めてだった。半ば桂が無理やり繋いだ手だけれど、銀八はその手を振り払わなかった。
「中々出歩けないが、こればかりはどちらのせいでもないし、仕方がない。でも先生も、今日くらいは普通のみんなみたいに楽しんだっていいだろうと思って」
「……どう考えたって、普通じゃねーだろ」
やたら濃い紫の目もとに憎まれ口を叩く。叩きながら、銀八は手を桂の髪に添えた。こんなこと、こんな場所でしたことはない。しかも、他の誰にもしたことがない。
桂は逃げもせず、大人しくされるままになっている。
「俺だって、これを買いに行くのは恥ずかしかったんです。……でも、先生が喜んでくれるなら、安いものだ」
どんと低い音が響いて、花火が上がる。空に散る星屑に、桂の視線が奪われた。その目にこまかく光が映りこみ、きらきら光る。銀八は桂を引き寄せて、キスをした。
植え込みに隠れながら、一瞬だけ掠めるように触れる。目を開けると桂と視線がかち合った。鳴り続ける花火の音に合わせて、桂が瞬く。
「お誕生日、おめでとうございます」
桂が言い切る前に、今度はゆっくり唇を合わせた。みんなはパレードと花火に夢中だ。誰もこんな木の影までは見ていない。
ときにはこんなふうに、ごく普通の恋人のように過ごすのも、悪くなかった。ありふれた恋愛映画のワンシーンみたいに。
最後にひときわ大きく開いたスターマイン。二人は手をつないでそれを眺めた。






連休明け、「銀八が黒髪美女とデートしていた」という目撃情報があり、3Zは騒然とした。銀八はしれっと否定したのだが、ほとぼりが冷めるまでには少し時間がかかった。
浮いた噂にみんなが沸き立つ中、桂だけが涼しい顔をしていた。




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2010.10.10 銀桂プチオンリー「バースデーファイター」様のペーパーラリー用ペーパーとして書いてみました一品です。
タイトルどおりありふれていますが何卒ご容赦を……!


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