『袖すり合うも』 変装した奴を見つけるのも、もう大分巧くなった。 絶対に知られてはならない密会の折に、桂が変装してくるせいだ。それもまた複雑な話で、往来でその姿を見つけたときはどうしていいものか悩む。そんな風にやすやすと手の内を明かす桂の意図がわからない。 前方には小さな橋が架かっている。わりと人通りの多いこの橋は、夕方にさしかかって混み合っていた。すれ違う人と肩が触れそうになる。 その人ごみの中では地味な姿をしているというのに、土方にしてみれば、その袈裟姿は誰より目立って見えた。托鉢僧の癖にスーパーの袋を提げている。袋からは長葱がはみ出していた。おそらくこちらに気付いているだろう。しかし奴はそのまま逃げずに歩いてくる。こちらを試しているのか。 土方はかまわず歩みを進めた。ここは追うべきかと逡巡する。しかし少しでもそんなそぶりを見せれば、奴のこと、すぐに袈裟を翻すのは目に見えている。 あと5メートル。 深くかぶった笠で顔は見えない。 3メートル。 桂が身じろぐ。 逃げるつもりか。いや、いまさら遅い。 土方は少々愉快な気分になる。俺の気分しだいで捕まえられる位置にもいるのだ。なめてかかるとこうなるんだぜ。さあどうする?桂。 2メートル。 手の届く距離。 ふと桂が笠を片手であげてこちらを見据えた。 目が合う。 息がとまる。 桂は俺の目を見据え、挑戦的に笑った。 『貴様、俺を捕えることなどできないだろう?』 その目は雄弁に語ってみせた。 それに気をとられた瞬間、桂の肩がぶつかる。 「ってェ」 「失礼した」 桂は何食わぬ顔をしてしゃあしゃあと謝り、土方の手が出る前にさっとその身を滑らせて、人ごみにまぎれてしまった。周りには多くの人。刀を抜くわけにも、追うわけにも、立ち止まるわけにも行かない。 橋を渡りきったところでようやく桂を振り向いたが、その姿はもうわからない。 「畜生」 完全に遊ばれたのだと知り、土方は内心悪態をつく。 煙草をふかそうと懐を探ると、煙草とともにしわだらけの紙切れが出てきた。それは先日、団子屋ですれ違いざまに渡した紙切れだった。肩が触れたあの一瞬で、懐にこの紙切れを忍ばせるとは。まるで手馴れのスリのような手口に土方は舌を巻く。 見れば土方が書いた日付けと時間に朱が入れられている。そして土方がいたずらに書いてわざと消しておいた一文にも、しっかり赤で線が引っ張ってあった。 桂がどんな顔でこの文を読んだのか、想像して土方は少し笑った。なるほど、先ほどのすれ違いは、日時の変更とこの一文への意趣返しだったのか。 「ったく、この日は見てェドラマの再放送があるってぇのによ・・・」 煙草に火をつける。土方はため息をつきながらも、いつまでもその紙切れを眺めていた。 おしまい |
物理的に「すれ違う」というシチュエーションに萌えます。
このふたりをいい加減ちゃんと会話させてあげたいです、人気と人目のない密室で……ムフ
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