「人生哲学」




 古寺の屋根瓦は、ところどころ剥がれている。罅の入った箇所などざらにあるわけだ。一応なけなしの修繕はするものの、よく雨漏りしたりして、なかなかの貧乏具合である。
 そのごつごつした瓦に、煎餅になったぼろの綿入れを敷いて寝転がって、銀時はのんきに星なんぞを眺めている。晴れた冬の空は澄んでおり、星の塩梅は悪くない。だがなかなか冷える晩だった。鼻の先がむずむずして、銀時はくしゃみする。ず、と洟をすすったときに声がかかった。

 「何寝ているんだ、貴様は」

 その声に銀時は思わずげんなりした顔をつくる。
 体重を感じさせずに滑り込んできた桂の肩には、やはり薄っぺらになった、なけなしの毛布がかかっていた。それで銀時の顔はすぐに明るくなる。取ってつけた、とびっきりの甘え顔だ。

 「おっ、ヅラ君いいもん持ってんじゃん!ちょっと貸せや」

 「なんだと?俺が寒いだろうが。……一緒に入るなら許してやる」

 「あっ、やっぱいいわ、遠慮しとくわ?」

 「二人ならあったかいぞ!いいではないか、一緒に入れ銀時、っていうか入ってくださいお願いします」

 桂はそう言って毛布をつき出した。そのうつむき加減にイラついて、銀時は間髪入れずにそれをつっ返す。

 「ウザい。キモい。テメーひとりで入ってろボケ」

 「なんでウザいんだ。体温をしっかり保たねば咄嗟の時に動けぬぞ。用心に越したことはない」

 銀時は桂のその言葉を聞いて一瞬動きを止めて、それから桂の髪の毛を引っ張る。痛がる桂を無視して舌打ちし、そっぽを向いてしまう。

 「別に、なんでもねーし!用心とか言われなくてもしてんだよ、テメーに言われなくたってよ!」

 桂はまだぶーぶー文句を言ったが、銀時に相手にしてもらえないとわかると、しぶしぶ自分の薄っぺらい体に薄っぺらい毛布を巻きつけ、同じように瓦に座りこんだ。

 「大体貴様、そんなふうに寝ころんで、見張りも何もないではないか。始終気を張っておかねばならんぞ」

 「そんなに気ィ張ってても仕方ねーだろ。テメーはもっと力抜いたほうがいいぜ」

 「男子たるもの、いつでも死ぬる覚悟を持っておかねばなら」

 「あーもォォォ!!テメーのその意味わかんねー人生哲学、やめろっつったろが!」

 銀時はガバっと起き上がり、毛布にくるまった桂を怒鳴りつけた。

 「そういうとこ、昔っから変わんねーよな。進歩が全く見られねーんだよテメーは。向上心を持て、向上心を!」

 「貴様こそ、その怠惰さと天パには全く進歩がないではないか。『くせ毛でお悩みの方用シャンプー』使ってるの、知ってんだかんな、俺!……少しはしゃんとしてみせろ、そうすればおのずと貴様の酷い頭もまっすぐになろうて」

 「天パに進歩とかねーし。つか、いいじゃんシャンプーくらい!俺だって努力してんだよっ。テメーこそ、まっすぐすぎて融通効かねーじゃん。ちょっとは俺みたいな余裕ってもんを身に付けろや。そのうぜぇ髪も、少しはオシャレなゆる巻きになんじゃねーの」

 「余裕?饅頭ひとつ落としたくらいで大騒ぎするようなバカのどこに余裕があるというんだ」

 「じゃー何ですか?常に「死んじゃうかもー」、なんて思ってるやつは余裕あるっつーワケですか?」

 「そういうことではない」

 桂はひときわ強く、低い声で言った。それで銀時の目をきつくとらえる。

 「あれは、なにがあったとしても、お前の背中には傷一つ付けぬと、そういう意味だ」

 桂は時おり、こんなふうに銀時の言葉を奪った。その視線で、言葉で、予期せぬときに限ってそんなことをする。

 結局余裕じゃないじゃん。
 つか話題それてるし。

 いくらでも言えるはずだったが、銀時はどうすることもできずに目をそらした。
 すっかり冷えきった鼻が急にむずがゆくなり、洟をすする音がやけに響いて格好もつかない。それなのに桂はじっと銀時を見ている。のを、銀時は背中で感じている。

 「なんだよ」

 「いや、なんでもない」

 「あっそ」

 しばしの沈黙がつづいたが、銀時の手は不器用に言葉を紡いだ。
 例のくせ毛をがしがしやったあとで、その指先が毛布の端をつまむ。桂が気付かないわけはないだろう。けれど桂は何も言わない。

 「テメー、なんでこんな冷てーの、指」

 「心があったかいからな、当然だ」

 「ソレ迷信だろ」

 毛布の中なのに、ふれた桂の指は驚くほど冷えている。細く骨ばって肉刺のある、少しざらついた、確かな桂の手だ。

 「……どーしてもって言うなら、入ってやってもいーぜ」

 そっぽを向いたまま銀時は言い放つ。
 恩着せがましさが言葉尻に乗っていて、桂はそんな銀時の口調に、くちびるをゆるめた。

 「そうだな、どうしても寒くて敵わんから、お前も入れ」

 「なんで命令口調なんだよ……ったく、しゃーねーなァ!」

 銀時は毛布を捲り、するっと桂の横に潜りこむ。
 そしてついでに、くちびるを合わせた。予想どおりによく冷えたくちびるだったが、ゆっくり銀時のくちびるを舐めた舌はやわらかく、温かかった。

 「あー…なんか寒ィわ。お前マジで寒いわ。存在自体が寒い」

 「だから心はあったかいと言っておろうが」

 「ハイハイハイ、もーソレはいいから」

 まったく役にも立たない見張り二人の夜は、こうしてくだらなくも確固たる人生哲学とともに更けてゆく。




 「……あいつら、マジでウゼェな。そろそろ殺り時か」
 下で同じく門を張っていた高杉が、心底うんざりした様子で悪態を吐いた。
 「わしゃあもう、慣れてしもうたぜよ」
 アッハッハ。
 応えてやった坂本の笑いは、満天の夜空に溶けていった。





 おしまい。


いちゃいちゃした攘夷時代だっていいんじゃない?と思っていちゃいちゃさせてみたものです。
が、想像以上にいちゃいちゃしてる二人にイラっとくる仕上がりになりました。
晋助様と坂本さんの気持ちにシンクロできるのではないかと思っております^^


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