第7話 「あらぬ誤解」 鈍い音を響かせて、扉はこじ開けられた。 目の高さに21階の床がある。先ほどの落下で、エレベーターは21階を少し下った中途半端な位置で止まっていた。見上げると人がいた。おそらく扉をこじ開けてくれた人物だろう。 土方は一瞬それが誰だかわからなかった。 いっそ毒々しいほどあでやかな着物。 顔の左半分は包帯で覆われて見えない。 それでも残った隻眼は鋭く冷えている。 高杉晋助、その人だった。 「やはりお前か。何をした?まさかホテルの人を巻き込んではおるまいな?」 桂はごく落ち着いたようすで高杉を見据えた。やはり桂はこの事件と高杉との関係を知っていた。しかし桂の言葉から、桂自身は関与していないことがよくわかる。 土方はこの事件の首謀者を捕らえるため、21階へとよじ登ろうと床に手をかけた。 そのとき、耳慣れない嫌な音がして、土方の手のすぐ横に衝撃が走る。 耳慣れたものではないが、こんな仕事をしていればすぐにわかる。サイレンサーをつけた、銃の音だった。 「そこを動くな。・・・ヅラ、お前はこっちに来い」 高杉はそのまま土方に銃口を突きつけた。次は威嚇ではない。眼を狙っている。 桂は高杉のことなど、まして土方のことなど意に介さないようすで、いとも簡単に目の前の床に登った。しかし桂はそこで高杉に、その男も助けろと言った。 「何故だ」 予期せぬ桂の言葉に高杉がいらだつ。 土方がどう反応していいものか考えあぐねて見上げると、桂は今まで見たこともないような、複雑な表情をして見せた。 ほんの少し、笑った気がしたのだ。しかし、すぐにいつもの無表情になって言う。 「俺の寝覚めが悪いからだ」 「はァ?」 高杉はあきれたように銃口をおろす。土方はその隙によじ登り、21階へたどりつく。しかしやはりそこはテロリストである。高杉は間髪入れずにまた銃を突きつけた。 21階には煙幕が焚かれており、視界は極端に悪かった。おまけに閉じ込められる前とは打って変わり、不気味なほどに静かだった。人の気配すらわからない。 仲間はどうなったのか。土方は一刻も早くそれを知りたかった。しかし目の前の大物テロリスト二匹を見逃がすわけにもいかない。 思考を巡らせている土方と桂をなめるように見比べた後、高杉は目を細めて笑った。 「てめ、桂に手ェだしたか?」 高杉はからかったようにそう言って笑ったが、その目は底冷えするような獣の光を湛えている。 「手を出す?何もしちゃいない。刀傷どころか手錠ひとつかけちゃいねぇよ」 「てめェは馬鹿か。そういう意味じゃねぇよ。・・それとも、こいつにたぶらかされたのか?」 「あ?たぶらかされた?」 「おい高杉。これ以上悪趣味な冗談はよせ」 桂は高杉を制するが、土方は彼らの言葉の意味を図りかねた。 たぶらかされる?何に?攘夷活動にか? 「誰がこいつの攘夷思想なんかにたぶらかされ――」 その時、土方の頭のなかで、ばらばらだったピースがつながっていく。 宿泊名簿に載っていたのは「東行」という名だった。 どこかで見たことがあると思ったのだ。 「一日合わぬだけで、」と、桂へ熱烈な恋文のような手紙を送ってよこした人物。その送り主の名だった。 そして、こちらを見据える高杉の雄の視線。 まさか。 高杉は桂の肩に手を乗せる。 特に何と言うことも無いはずのその所作。 しかし高杉の言葉の意味を理解した今、土方にはそれがたまらなく淫靡なものに映った。 高杉は不敵に笑う。 土方は柄にも無く、顔に血が上るのを感じた。 あの狭い空間での、桂の汗に濡れた首筋や肌蹴た襟元、乱れた長い黒髪や、何よりあの射抜くような視線がフラッシュバックする。 「こいつに床の相手をしてもらうにはまだ早ェか、若造」 「やめろ」 土方は唸った。なぜか桂が侮辱されたように感じた。そしてその事にこんなにもいらだつ自分が不可解で仕方ない。 「床どころか、剣の相手すらしてもらえてねェんだろうが」 土方は瞬間我を失った。 そのまま高杉に斬りかかる。この男ととにかく黙らせたい。この男は桂だけではなく、土方のプライドをもずたずたに斬り裂いたのだ。 しかし土方の牙は桂の刀で止められた。 刀の触れあった一点が嫌な音をたてる。桂は厳しい目で土方をにらみつけた。 「てめぇ、高杉をかばうのか?高杉とは別の組織じゃねぇか」 「かばった、というのなら、高杉ではなくお前をかばったことになるだろうな」 土方がはっとして見やると、高杉が桂の肩越しに銃口を向けていた。 桂は高杉に侮辱されたとも思っていないような、涼しい顔をして言う。 「そんなことより、お前は自分の仲間の心配をしたほうがいいのではないか?」 「そういやここに来る前に、下で派手な音がしてたなァ」 高杉が薄く嘲笑う。 ポケットの中でバイブ音がした。仲間からの連絡だ。 階下から何かが爆発するような音と、悲鳴が聞こえてくる。 そういえば、ここに高杉がいるのは何故だ。近藤や沖田はどこに行ったのか。 気付いて土方は携帯を取りだす。着信は山崎からだった。 そしてそのわずかな隙に、高杉と桂は煙に巻かれたように姿を消していた。 土方はもう何度目かの敗北を味わっていた。 悔しかった。 高杉の不敵な笑みが、二人の実力が、侮辱されたのに平然と受け入れる桂が。 そして何より、高杉の言葉によって、決して考えるべきでない妄想――つまり、桂に関する淫らな妄想――を思い浮かべてしまった自分が、一番悔しかった。 畜生。畜生! 土方はエレベータは使わずに、階段を駆け降りた。 携帯のバイブはまだ止まなかったが、彼はとても応じる気分になれなかったのだった。 ・・・つづく。 ―――――――― 土方と桂がなかよく体育座りをしていたころ、外では何が起きていたのかというと。 大体↓こんな感じ エレベーターしまる 空けようとみんな頑張ってみる 下で大きな爆発(ここでエレベータに振動があった) 式典会場の階のロビー。(高杉による) そのまま大騒ぎ、全員下へ向う。 そのまま一緒に連れてきた浪士数人を置いて、がら空きになった客用エレベータを使って21階へ。 高杉は真選組が来ていることを知っていた(タレ込みも、想定していた) 21階に行き、煙幕を炊き、背後から見張りに残った隊士を倒す。 派手にやられている志士を解放して、下に行かせる。「おそらく桂さんがエレベータに」 エレベータをこじ開け。 今に至る。 そんなどうでもいい補足説明。(出典:イチ会社パソコン内『桂受けメモ』より) |
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