第十三話 「二の舞」 土曜日の昼さがり、アキバNEOは人でごったがえしている。 改装中の駅の高架下をくぐれば、美少女のイラストがそこらじゅうにあふれている。 道路わきには、来週発売の新作ゲームソフトの看板が並んで壁をつくっていた。 戦闘からくりアニメのテーマカフェには、ファンが長い列をつくっている。 いわゆるホコ天になっている通りでは人の波がさざめく。 暑苦しい人ごみの合間で、まだあどけない顔をしたメイド姿の女の子たちが、メイド喫茶のチラシを配っていた。 メイン通りを曲がれば、すぐに細い路地が現れる。雑居ビルがひしめき、アングラな雰囲気が濃度を増す。 猫カフェや中古のホビーショップ、流行っていない雀荘、自作パソコン用の部品専門店。 狭く古い雑居ビルにそういうものが押し込められ、雑然とした雰囲気を醸し出している。 さてその雑居ビルの中に、ほかより少し大きな構えの建物があった。地上8階地下1階建の建物は、あの橋田屋の孫子会社にあたる不動産会社の持ち物らしい。1階のこそ何もないビルだが、2階から4階までは漫画喫茶になっている。さらに、5階には中古のコスプレショップ、6階には中古フィギュアショップ、7階には中古同人誌ショップが入っていて、さえない見た目よりは繁盛している。 そのビルの6階、あやしげな衣装が所狭しとぶら下がる通路を、さっそうと通り抜ける男がいた。 野暮ったい眼鏡に垢抜けないチェックのシャツを着た女性店員が、ありがとうございました〜とアニメ声で彼を送り出す。彼の腕にはビニール袋が下がっていて、中には買ったばかりのコスプレ衣装が入っていた。 桂がアキバNEOに拠点を移したのは、わりあい最近のことだ。例の紅桜事件があってから、念のためと部下にせがまれ、しかたなく引っ越してきたのだ。 家電製品がそろうのはいいけれど、メイド喫茶やらアニメグッズやら、桂にはあまり縁のないものが多く、騒がしい町だというのが最初の印象だ。だが雑然としている場所は、人ごみに紛れるのでいろいろと動きやすい。少しずつ馴染み始めた矢先に、この店の存在を知ったのだ。 中古コスプレ衣装ショップ。 何かとコスプレ、ではなく変装を必要とする桂にはもってこいの場所で、久々にバイトのないこの昼下がり、桂は意気揚々と出かけたのだ。 くすんだ一昔前の型のガラス扉を開け、これまた古い型のエレベータのボタンを押す。下行きのボタンは固く押しにくかった。乳白色に垢抜けない字体で「下」と書いてある。親指でぐっと押しこむと、それが黄色くぼわっと点灯した。 頭上の表示板では7階の文字が光っている。ぱっと表示が切り替わって、エレベータは6階まで降りてきた。チーンと安っぽい音を立てて、エレベータの扉が開く。中から少女が二人降りてくる。ツートンカラーの髪をしていて、帯締めは鈍色に光る鎖がいくつも連なった、個性的なファッションだ。 彼女たちにがコスプレショップのガラス扉をくぐるのを横目で眺めながら、桂はエレベータに乗りこんだ。 安風情のエレベータは桂の体重にも少しゆれる。階数ボタンを押そうとしたが、すでに目的地の1階のボタンには電気がついている。その時ようやく、そこにもう一人先客がいたことに気がついた。 「「……あっ」」 あろうことか、真選組の鬼の復調、土方十四郎だった。 二人は同時に目が合って硬直する。 その瞬間、無情にもドアが閉まり、エレベータは降下を始めた。 なぜこんなところに。 考える前に体が反射的に刀の鯉口を切る。が、以前エレベータに閉じ込められたことを思い出し、二人はぴたっと手を止めて息を詰めた。なぜなら、ここは雑居ビルの、二人並ぶのがやっとなほどしかなく、ボタンも古くて壁紙もはがれているエレベータだからだ。 土方はとっさの判断で刀からパッと手をはなし、桂に掴みかかろうとする。桂も負けじと懐に手を入れた。 「そんなもん今使ったところで、どのみち道連れだぜ?使えるもんなら使ってみろよ、テメーもエレベータごとオダブツだ」 土方はできるだけ高圧的に言い放つ。 市井で人気だのなんだの言われているらしいが、今の世の中では正義であるのは土方であって、桂ではない。そう強く思わなければ、この男は非常に危険だ。 「いよいよ年貢の納め時だなァ?桂」 口の端をゆがめる。だが桂も只者ではない。懐に手を突っ込んだまま、フンと鼻で笑って見せた。 「なに、下に着けば話は違うぞ。俺は常に不測の事態に備えているんだ。貴様なんぞに捕まるものか」 「どうだかな?ドアが開けば、俺だって条件は同じだぜ?ここで会ったが百年目、すぐケリつけて……って、オイ、ちょっと待て」 土方はそこで言葉を切った。 エレベータは1階しか止まらないはずだ。だがこんなに悠長に話ができるものだったろうか。足元の妙な安定感に違和感を覚える。 「ん?」 「なんか……コレ、エレベータ、動いてんの?動いて……なくね?」 上の階数表示ランプは4階を指したまま動かない。 「うそだろ」 もちろんエレベータが動くときの独特の浮遊感も一切感じられない。 「「ぎゃああああああ」」 二人の叫びはむなしく狭いエレベータの中を乱反射した。 「なんでだよ!!なんでお前と乗ると止まんだよいつも!」 土方はわめいた。前回の件は若干トラウマになっている。 それなのに、なぜよりによって前回と全く同じ状況になるのか。己の不運を呪った。 「俺のせいじゃないぞ!お前のせいかもしれんだろう!」 桂も負けじと憤慨する。 「いいやテメェの日頃の行いが悪いんだろ!!このテロリストが!」 「そんなの関係ない!ていうか、そんなことよりこの状況を何とかする方法を考えろっ」 「んなもん、俺が知るかよ!!でも、確かにどうにかするしかねぇな……」 桂の言葉に土方の頭に少しいつもの冷静さが戻ってきた。 「電気はついている。停電ではないだろう」 「ドアは開くか?」 桂は扉を手でこじ開けようとするが、うんともすんとも言わない。おまけにこの扉は窓がないタイプで、自分たちがぶら下がっている位置すらわからない。 「無理だな」 すると土方がエレベータのボタンに気づいてそうだと手を打った。 「そうだ、緊急ボタンがあんだろ!警備室につながるはずだ!」 土方は階数ボタンの一番下にある、赤い非常用ボタンに手をかけた。親指でぐっと力を込めて長尾資する。 すると、上の小さなスピーカーから、プツっと電気が通る音がした。 「つながったのか!」 桂が感嘆の声を上げる。喜ぶのもそこそこに、土方はスピーカーに向かって畳みかけた 「もしもし?聞こえるか?誰か助けてくれ!」 ややあってから、間延びしたやる気無い声が返ってきた。 「あぁ?ハイ、えっとどうしたんすかァ?」 「今、エレベータが止まっちまって、閉じ込められた!んだ!!早く何とかしてくれ!」 土方が畳みかける。するとスピーカーから、溜息らしき音が気い超えてきた。 「あー、じゃあ証がないからそっち行きますんで、待っててくださぁい」 警備員らしき男の声は、間延びしまくっていて、やる気が全く感じられない。緊急事態だというのに、面倒くさいと思っているのがありありと伝わった。取り残された2人はその態度に一気に苛立ちを募らせた。 「なんだ今の態度は!無礼極まりないっ」 「仕事を何だと思ってやがるんだクソ野郎!」 「まったくだ!最近の若者は何を考えているんだ」 「同感だな。甘やかされて育ちやがって」 文句を言っても、スピーカーから返答はない。憤ったところで、エレベータ内の気温が上がり、不快指数が上がるだけだ。二人は深くため息をつく。あのやる気のない警備員が役に立つかどうか、全くわからなかったが、大人しく待つほか手段はない。 「仕方ない、助けが来るまで待つとするか」 桂は床に腰をおろした。そうだな、と土方も同意して、結局二人はいつかと同じように、また体育座りで並んで座った。 ホテルのエレベータと違い、互いの腕が触れあう狭さだ。床の絨毯も汚い。空調が効いているのだけが唯一褒められた点だ。 「つーか、こんなとこに何しに来たんだ、桂」 「お前こそ、どこに行っていた?その袋の中身は何だ」 「いや、べつに何でもねェ」 土方は黒いビニール袋をさっと隠した。ちょっと焦った様子の土方にピンときたのか、桂はすっと眼を細めた。 「いいから、見せてみろ」 桂は素早く後ろから腕を伸ばし、ビニール袋をひっつかむ。 「あっ、おい、ヤメロ!!」 土方は叫んだが、彼の指がビニール袋に届くより先に、桂の手には袋の中身がしっかりおさまっていた。 「ほう?これは、……」 袋の中身は、美少女スケールフィギュアだった。中古だが箱ありの備品で、箱には大きくトモエ5000のロゴが入っている。片足を跳ね上げ、胸と尻をつき出し、髪がありえないくらいなびいている。顔の半分以上を占める大きな瞳と目があった瞬間、桂は爆笑した。 「き、貴様、恥ずかしくはないのかァァ…っっククク…!貴様が、こんな……ブハッ、アハハハハ!」 土方は正直なところ、こんなに爆笑する桂を見るのは初めてだった。足をばたつかせ、眼尻に涙を浮かべながら笑っている姿はかなり新鮮だったが、その楽しそうな様子に土方は心底ムカついた。 「返せって!あ、イヤ、別にいらねぇがな!」 憤慨する土方をよそに、桂は何が楽しいのかフィギュアをしげしげ眺めている。 「つーか、テメーこそ、コスプレショップなんぞで何してやがったんだ?そんな趣味あんのか」 すると桂はぎくっと肩をすくませた。そして真顔で土方に向きなおり、ぶんぶんと首を横に振る。 「違う違う、趣味とかじゃなくて、それはアレ、変装用だ」 「変装?なるほど、変装して逃げてんのか。だったらそいつは取りあげなきゃならねーなぁ?」 唇の端を吊り上げると、桂はあからさまに「しまった」という顔をしてから、またぶんぶん首を横に振った。 「イヤイヤ違う、そういうんじゃなくて、ええっとつまり宴会用のだな……」 「嘘つくんじゃねェ!」 土方は桂の抱えた膝下のビニール袋をひったくった。仕返しとばかりに袋を開けると、出てきたのは某おさかなタレントがいつも頭にかぶっている、フグの形の帽子的なアレだった。 「なんだコレ……」 変装って、逆にコレ目立つだろ、と心の中で突っ込みを入れる。が、どこまで本人に言っていいのかわからず、土方は眉根を寄せた。桂は憤慨して土方の手から袋ごとサカナクン帽子をひったくって取り返す。その隙に土方もトモエフィギュアを奪い返した。はずみでエレベータがちょっと揺れる。 「ていうか、まさか貴様にそんな趣味があったとはな。意外過ぎて流石の俺も少々ビックリしたぞ」 「趣味じゃねえって言ってんだろ!俺だって欲しくて買ったワケじゃねーんだ、しかたねーだろ」 土方はその口調に苛立ちをにじませる。己の内に巣食うオタク心が、自分の弱さを示しているようで悔しかったのだ。しかもフィギュアの値段は中古でも一万近い。給料日とカードの引き落とし日が控えているのに、と思いだすと一気に気が滅入った。 「じゃあ捜査の一環か?」 「……まあ、そんなカンジだ」 「嘘だな」 桂が再び目をすっと細めた。土方はその値踏みするような視線にどきりとする。こういう目をする時、桂はいつでも痛いところをついてくる。何でも見透かしてしまうような、鋭い眼差しだ。 「ところで最近、そっちで派手な内輪揉めがあったらしいじゃないか」 「……いいや?」 嘘をつくのは慣れているはずだった。だが桂の目には通用しない。土方が否定することも見通していたように、唇の端を持ち上げる。 「隠しても無駄だ。攘夷派の情報網をナメてもらっては困る」 真選組内部での争いは非公式のはずだった。 ニュースにも新聞にも載っていない。一連の争いで死んだ隊士の家族にすら、詳細は知らされていないはずだった。それをどうしてこの男が知っているのか。その可能性はひとつしか考えられない。 例の万事屋だ。 「お前たちが狭い身内で喧嘩している間にも、天人による卑劣な犯罪は続いているというのに、いい気なものだな」 桂は小馬鹿にしたようにくっと喉の奥で笑った。そのしぐさに、土方はぎりっと奥歯を噛みしめる。 恥ずかしかった。その内紛は自分の弱さが引き金になったと、痛いくらいわかっているからだ。 コイツが恋しいと思ったなんてバカみたいだ。 悔しさと恥ずかしさでそんな思いがこみ上げる。こいつにだけは情けない姿を見られたくない。これ以上馬鹿にされるのはプライドが許さない。だがその思いとは裏腹に、土方は尖った視線を床に落とし、肩を落とした。 桂はそれ以上何も言わず、のんびりと土方のつむじに視線を注いでいる。その視線が、本当に意外なことに柔らかくて、土方の口からつい、弱さがこぼれた。 「わかっちゃいるぜ、俺のせいでああなったんだ、ってことくらい」 今までため込んでいたせいか、一度ほころびができると止まらなかった。桂は相槌も打たない。聞いているのかいないのかもわからない。だがそれが今は逆に土方を饒舌にさせた。 「その証拠に、こうして俺の中にはこんなオタクの呪いが残ってやがる……。自分が何をしでかすのか、わからねェ。テメーが思ってるとおり、俺は弱ぇんだ。笑いたきゃ好きなだけ笑いやがれ」 なぜ敵にこんな話をしているのか、自分でもわからなかった。半分やけくそで吐ききると、ようやく桂が静かに口を開く。 「弱さを自覚するのは基礎の基礎だ。弱さを知らぬ人間は人ではないか、馬鹿かどちらかだ。基礎を自覚しただけだろうが。何をそんなに自慢げに語っている」 静かな口調はあまりにも当然だといわんばかりで、土方の弱いところにちくちく刺さる。 「うるせーな、わかってるっつってんだろ!俺はお前とは違ェんだ。お前みてェになりたくてもなれねェ。お前に俺の何がわかるっつーんだ!知ったような口きくんじゃねェ!」 声を荒げるが、桂は全く動じない。それがまた土方を苛立たせる。 「わかるわけないだろう。……そのセリフ、前にも聞いたことがあるな。中二っぽいから、やめた方がいいぞ」 「あーもう!!うるせェよ!!頭痛くなってきたじゃねーかっ」 悪態をついて、上着のポケットから煙草と愛用のオイルライターを取り出し、火を付ける。ライターのふたを占める硬い金属音を響かせると、桂があからさまに顔をしかめた。 「煙草はやめろ。こんな狭い中で火事にでもなったらどうしてくれるんだ!」 「ならねーって。いいだろ、最近はどこ行っても禁煙ばっかで息苦しいんだよ、こんくらい吸わせろや。テメーも煙草は平気だろ」 土方はぐっと煙草を吸いこみ、肺に浸してから吐き出した。薄く白い煙がなびく。その煙の向こうに、例の隻眼の男の姿を思い出す。今は切れているのかもしれないが、この二人が関係していただろうとは察しがついている。 だが桂は意外なことに煙を手で払い、ますます眉間に深い皺を刻んだ。 「何でそう決めつけるんだ、全然好きじゃないぞ。むしろ大嫌いだ!」 「え、だってテメー、高杉……」 「は?高杉?なんでここでヤツがでてくるんだ」 「あ、イヤ、その、高杉と……つるんでたんだろ、あんなキセルやる男じゃねェか」 頭の中では二人が同衾している様が浮かんでいる。だがこれは土方の勝手な妄想で、事実ではない。それを気取られたくなくて、しぜん声が落ちる。 「まあ、あいつは同郷だからな。昔はつるんでいたが。だが煙草と何の関係がある。おれはあいつが煙管をやり始めたのが理解できんし、俺の前では一度も吸わせなかった。これからも、奴と会うことはないだろう」 桂は淡々と言葉をつないだ。その横顔に視線を奪われる。以前、髪を切られたばかりの桂の姿を思い出す。あの時は遠くから眺めるほかなかったが、今はすぐ手の届く距離に桂がいる。射抜くようなきついまなざしの男だと思っていたが、実は目尻が甘えたように垂れているのに始めて気がついた。 「もし貴様が俺の仲間だったら、俺の前では煙草なんて絶対に吸わせんぞ」 突然の桂の言葉に、土方は思わず噴き出した。煙が喉の奥に引っかかり、派手にむせる。すると桂ははっと慌てたように首を振った。 「いや、違うぞ、別にそういうんじゃないぞ。別にお前が攘夷派にいたら、なんて思ったりしたわけじゃないからな。それだけはあり得ん」 有り得ない、という割に、桂はなにかに言い訳をしている。そんな焦った顔をみせるのは初めてで、ついまじまじと見詰めてしまう。 もし、俺が攘夷派だったら。あるいはもし、桂が真選組にいたら。 頭の中で隊服を着た桂を思い浮かべてみる。 想像する桂は、上から下まで全身真っ黒だ。漆黒に身を染め、その肌だけが白く浮き上がり、そこに冷たく鋭い視線が光る。 悪くない。 こんな奴と一緒に戦えたらいいと何度思ったことか。もし、俺たちに違う出会い方があったら、もし俺達がもっと早くに出会っていたら。 「だが、お前が俺の部下だったら、きっと大事にしていたろうよ。よりにもよって敵になるとは、実に惜しいな」 ふっと笑う桂に、抑えていたはずの気持ちがこみ上げてくる。こんなところに二人で。互いに刃も抜けない状態で。良く考えたらこんな機会なんて、この先二度とないかもしれない。俺達は普通に友として日の下で立ち話だってできない。 土方は腹を決める。ここで後悔して、ぐだぐだと余計な感情を引きずるのは、もう二度とごめんだった。 咳込む桂の目尻には、うっすら涙が浮かんでいる。その肩をいきなり乱暴につかんだ。何だ、と不審そうな顔に、ふっと煙を吹きかける。 桂は案の定顔をしかめ、せき込みながら手で煙を払うしぐさをした。そうして桂が油断した瞬間、土方はぐいと身を乗り出し、体を無理やり引きよせた。 強く抱きこんだ肩は思っていたよりずっと細くて驚く。腹のあたりがゴワゴワしているのは、長着の下にいろいろ小細工を仕込んでいるからか。 「貴様、何のつもりだ」 桂が低い声で唸る。 「頭がおかしくなったのか」 「ああ、そうかもな」 やけくそ気味に言い放ち、唇を押しつけた。 桂が固まった。 どうなったって知るものか。どうせこのエレベータを出たら、何もかもなかったことになる。俺と桂は敵同士に戻ってまた際限ない不毛なイタチごっこをするんだ。だったら、ここにいる間だけは好きにさせてもらう。 うすっぺらい唇は想像よりずっとあたたかい。軽く吸ってから舌を突っ込むと、桂の肩がビクンと跳ねた。その段になってようやく、胸に腕が突っ張るのを感じる。この期に及んで抵抗を見せる桂にカチンとくる。ねじ伏せたい、そんな乱暴で原始的な欲求がふつふつと脳の奥から湧きだした。 薄く柔らかい舌を追い、先端を何度もつつく。やわらかく濡れた感触が全身を支配している。桂が耐えかねたようにくぐもった声をこぼしたので、ずしんと体が重くなるのを感じた。そのまま壁に薄い体を押しつける。その瞬間。 チーンという間抜けな音とともに、エレベータの扉が開いた。急に差し込んだ光にはっとして、思わず扉を振り返る。 「あ」 見上げた先、扉の向こうには、ぽかんと口をあけた万事屋が突っ立っていた。 「えーっと……あの、話が見えないんだけど、何コレ?どういう状況?」 万事屋は2人を見比べては目を泳がせる。珍しく動揺しているのがはっきり見て取れた。 「いや、こっちがききてェよ……なんでテメーがここにいんだ」 「だって、エレベータが壊れた、っつー電話があったから……」 万事屋の腕には、ビル管理会社の腕章がついていた。さっきスピーカーから聞こえてきた声の主は、この男だったのだ。道理で生理的にムカついたわけだ。 動揺しきった土方が、何を言おうかとまごついていると、突然後ろからガンと強い衝撃をまともに食らった。視界がはじけて思わず前につんのめる。衝撃と痛みでくらくらしている土方の横を、桂がさっとすり抜けた。土方は白む視界を必死に叱咤し、入口に突っ立ったままの万事屋に向かって怒鳴った。 「何やってんだ!!そいつを捕まえろ!!!」 扉の向こうで桂が振り向く。感情の読めない無表情な男と思っていたが、このときばかりは怒りのせいか、恐ろしい形相をしていた。 「ふざけるな!むしろ貴様こそ公序良俗違反でブタ箱にでも入ってろ!」 桂は怒りもあらわに吐き捨てて、すぐに踵を返し走り出す。相変わらずの俊足で、すぐに姿が見えなくなった。追い掛けようとすると、扉の万事屋が銀時の前に立ちふさがる。 「なんか、よくわかんねーけど、お前それ、落としてんぞ」 ほら、と床に転がったトモエ5000の箱を顎で示される。 「とうとう本物のオタクになっちまったな」 残念そうな顔の万事屋に心底腹が立つ。 「ちげーよ!つーか見失ったじゃねーかっ、クソッ、テメーのせいで!!」 「お宅、指名手配犯捕まえたいって、そういう意味で捕まえたかったワケ?」 万事屋は呆れたように言って、意地悪く笑ってみせた。 さっき桂にしたことは、ばっちり見られていたのだ。しかも桂とこの男はデキているのかもしれないのだと思い出し、土方の頭に血がのぼる。この余裕の笑みを見ていると、認めたくはないのに敗北感がせりあがってくる。 「てめー、何か知ってんだろ、桂のこと」 押し殺した声で平静を装う。だが万事屋は全然?と笑うばかりだ。 「ま、やめたといた方がいいと思うけどね。なかなか捕まんないなじゃねーの」 言いながら万事屋はエレベータのチェックを始める。 「……何言ってやがんだ、ぜってー逮捕してやる」 唸るように言ったのは、万事屋に対してか、それとも自分に言い聞かせたかったからか。 一度だけ鋭く万事屋を睨みつけ、その横をすり抜ける。エレベータ脇の階段を駆け下りて外に出たが、もちろんそこには桂の影も形もなく、土曜日昼下がりの雑踏が広がるだけだ。 「……クソ」 思っていたよりずっとずっと薄かった肩。突っ張る腕の力。体躯は全体的に骨ばっていた。嫌そうに眉をしかめた端正な面立ち。唇は見た目以上に柔らかく、あたたかかった。 確かにこの手に捕まえたのに。 『そういう意味で捕まえたかったワケ?』 笑う万事屋の声が脳内で何度も反響する。 雑踏のなか、土方はひとり奥歯を噛みしめるしかなかった。 つづく! |
無駄に長くなってしまいましたアワワ 初めてのチューです
私が書くこの二人は、どうやら密室じゃないとまともに話し合えないようで…
しかし原作がどかどかネタ投下しすぎてくれており、嬉しい悲鳴…プロットが総崩れ…
でもなんとかかんとかくっつけてみせます!!!
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