諦観 二.





元服の日、男子は性の知識を授けられるという。
けれど当然そんなものはその前から仲間内で話題にのぼるものだ。男の生理についてだとか、女のからだの仕組みとか、褥での振る舞いについてだとか。
概ねそういった知識は、年上の者がからかい半分、自慢半分で教えるものだ。この前の祭の晩にあったこととか、花街のこととか。
皆なんとなく後ろめたい話だとわかっていたので、松陽やほかの大人たちの目には触れぬよう、秘密にしていた。秘密は絆を強める。猥談をするときには、皆の間に奇妙な結束感が生まれていた。

「それでな、その女ときたら、もうアノ声がでけぇのなんのって!俺がつっこんだらヒイヒイ言うんだ」

「それで、その具合はどうだったんだ?」

ろうそくの灯の中、興奮して語る青年の目はきらきらしている。集まった皆は身を乗りだし、生唾を飲み込みながら話に聞き入る。春画と黄表紙がいくつか広げられている。女と男の生生しい様が、局部をやたら強調されて描かれている。

「そりゃあ、おめぇ、・・・・よく締まったぜ」

興奮しているのか、皆一様に息が荒い。
銀時を除いて。

初めてこの奇妙で卑猥な会合に呼ばれた時など、銀時は興奮で眠れなかった。それからもこの会合が楽しくてならなくて、しょっちゅう顔を出していた。おかげで銀時はもうすっかり耳年増になってしまった。彼はまだ経験したことはないけれど、きっと近いうちにあるだろうと漠然と考えていた。相手なんて考えつかなかったけれど。
皆その行為については、恋とか愛とか、そういった範疇のものとして考えていなかった。それは快楽のためでもあり、生理でもあり、生殖であり、また男としての通過儀礼だった。相手は誰でもいい。初めてのときは玄人におろしてもらうのが普通だ。だから銀時も、それはそういうものだと思っていた。だから、困ったことになったのだ。

猥談は露骨になってくる。
銀時は段々と聞いていられなくなってきた。話に興奮しているのでも、欲情しているのでもない。何か別のものが銀時の中をぐるぐる回っているのだ。ただろうそくの灯を見ている。

帰ってドラゴンボーズ読みてェ。

そんなことを思う。
青年がふざけて隣にいた少年を相手に床での様子を再現してみせる。皆は大笑いして盛りあがったが、銀時は目をそらせた。
桂がここにいなくてよかったと思う。

「俺は髪がまっすぐなのが好きだねェ」

ひとしきり騒いでから、青年が歌うように言った。

「ホラ、小太郎みたく、結ってまっすぐおろしてりゃいいんだけどな」

「そりゃ男だよ、女はあんな風には結わねぇよ」

「だがなぁ・・・あいつのうなじ、ちゃんと見てみろ、そそるぞ」

青年は思い出すように目を閉じる。いつ、どこからそんな風に見ていたのか、だらしなく口元を緩めた。

「まるで男色家だ」

誰かがからかうと、どっと笑いが起こる。

「だが実際、桂が女相手に盛るのなんて想像できねぇ」

同級の男が話を被せてくると、青年は嬉々として乗ってきた。

「ああ、逆なら想像できるぜ、俺の下になってるところなら」

銀時が耐えられたのもここまでだった。
派手な音を立てて立ちあがり、大またで桂について不埒な妄想に耽る青年の前に立ちふさがった。

「どうした銀時、そんなおっかねぇ顔して・・・」

銀ちゃん、とほかのものにも不信げに名が呼ばれる。けれどそれはどこまで銀時に聞こえていたのか。
銀時は青年の頬をぶん殴ったのだ。

「ってえ・・・!!銀時、テメ何しやがんだ?!」

「そりゃこっちのセリフだ。・・・ヅラはダチじゃねぇのかよ?!」

突然の銀時の暴力に、そこにいた皆がにわかに殺気立つ。けれど今は銀時のほうがよほど殺気立っていた。
その場にいた全員を組み伏せてやりたい気分。もう随分とこんな思いに駆られることは無かったのに。
かかってくるのであれば、銀時はその場で全員と乱闘したってかまわなかった。けれど皆は銀時の尋常ではない強さを知っている。誰も銀時に掴みかかる者はない。ただその青年だけが、唸るように銀時をにらみつけているのみだ。

「・・・どうかしてる、てめェら全員」

銀時はそれだけ吐き捨てて、足で乱暴に襖を開け、出て行った。






月が出ている、あかるい晩だった。満月は人心を乱す、とどこかで聞いた気がしたけれど、銀時はそれを思い出せなかった。けれどきっと真実なのだと彼は確信する。

桂のうなじなど、何度も見ている。
あの髪にも、触れたことがある。

一人でいるとき、それを思い出すことが怖かった。それに対しておかしな気持ちになるからだ。
性に対する考えが、いつでも銀時を困乱させる。桂は性の対象ではない。褥で欲望を満たす存在ではなく、ともに生きる友なのだ。それなのにこの後めたさはなんだろう。つい先日までは形がなく、ただくすぐったかったその感情は、桜が咲いて散るまでの間に、どろどろに変化してしまった。

本当ならば、手も届かぬところにいる者だ。
それが自然の理、だからいつか離れていくのだと。

十分に知っていた。桂に対して、このくすぐったい思いを抱えるずっとずっと前から、それだけは忘れないようにしてきた。
桜が咲く前まではその件について、銀時は諦観しているつもりだった。けれど、これまで当然のことと受け入れていたこの事実が、銀時の胸の奥に重くのしかかる。
他の男の桂への視線に、銀時はちょっと耐えられそうもなかった。
それでも銀時にはどうすることもできない。

道端に咲いた桜が散る。一瞬香った匂いに桂の髪を思ってしまい、銀時は慌てて首を振る。誰もいない小さな家に帰る足を精一杯はやめた。

春はすぐに終わってしまう。自分のこの思いも、すぐに終わってしまえばいいのに。

こうして銀時は桂への複雑な思いと、自分への呪いを降り積もらせていった。












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