幸福











新八は居間のテーブルを拭いている。
台所からは神楽のはしゃいだ声がしている。
いつもと同じ朝飯の時間。
神楽が盆に四人分の茶碗を載せて運んで来る。飛び跳ねるような足どりなので、盆の上の茶碗がぶつかりあって音をたてる。
神楽の後から桂が汁物を運んで来る。
なんといっても、桂は坂田家に住んでいるのだ。
桂が作った朝食はいつも美味い。


食事の後、銀時は桂と一緒に定春とエリザベスの散歩に出かけ、昼からは迷子探しの依頼を受けた。
夕方からは、近所にある幼稚園の運動会の準備に行った。万事屋総出で小さな椅子を並べたり、白線を引いたりして働く。時々、園児が親と手をつないで帰っていくのが見えた。
日が暮れるころには仕事を終え、我が家に帰る。
晩飯には皆で蕎麦を食べ、テレビを見て、風呂に入った。
今日一日、銀時は何か大切なこと忘れているような気がして、不安でならない。


寝室には白い布団が敷いてあり、灯りは既に消えている。
雨の音が微かに聞こえる。
明日の運動会を心配した桂の作ったてるてる坊主が、窓にぶらさがっていた。
銀時は、そっと布団の中の桂を引き寄せる。抱き締めた桂は風呂あがぎのせいかあたたかくて、銀時の心を揺さぶった。乾かしたばかりの長い髪はまだほんのり湿っていて、なめらかだ。まるで、女のような。
そこまで考えて、銀時は今日一日ずっと思い出せなかったことを思い出しかけた。
けれど甘く薫る桂の匂いに、全て忘れてしまおうと思った。変わりに夕方に見かけた子供達を思い出す。

「ヅラァ、そろそろさ、子供とか欲しくね?」

「ヅラじゃない。それに女じゃないから子供なんぞ出来ん」

「いいじゃん、もしかしたらってことも、あるかも知れないじゃん」

桂はあきれた顔で「あるわけない」と銀時を一蹴する。

「俺、今夜は作れそうな気がするんだって・・・」

銀時はそう言いつつも、桂を抱き締めながらうとうとし始めている。起きなくては、と思うのに、体が言うことをきかない。
だって、こうしていると、斬られた傷の痛みも薄れるような気がするからさ。斬られた?斬られたのは、いつだった?誰に?

また大事なことを思い出しそうになって、銀時はそれを思い出さないようにと慌てて桂にくちづけた。
やわらかい桂のくちびる。


このまま目覚めなければいいんだ、と銀時は思う。
目覚めてしまった後に待つ現実を、彼は受け止められるかわからない。
せめて今だけは、ただ甘く幸福な彼の望みを夢見ていたかった。
今となっては、絶対に叶わぬ夢。


外はまだ雨が降っていた。








・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

紅桜篇、似蔵に斬られた直後、銀さんの夢。
これで本当に桂にもしものことが起きていたら最悪の夢です。
よかったね銀ちゃん!


back