糖類ゼロ 缶コーヒーは不味かった。 糖類ゼロと書いてあったからわざわざ選んだのに、口にすると甘ったるい。予想しなかった味にうっとむせそうになるのをこらえる。 「甘すぎて不味い。糖類ゼロと書いているのに、これでは詐欺だ」 ヅラ子(以下「桂」という。)がそう言ったら、のんきに隣でアイスバーをくわえていた男、いやパー子(以下「銀時」という。)は呆れた。 「おめー、いまどきの糖類ゼロってのは、ブラック無糖とは違ぇのよ」 缶の表示を、無骨な指が示す。お世辞にもピンクの着物が似合う指ではない。いまやその爪にはショッキングピンクのエナメルが塗りたくられ、日常生活もままならぬままならぬほど重たい飾りがいくつもあしらわれている。白くてほそい指なら映えただろう。 桂が少し哀れに思った豪奢な爪飾りの先には、白抜き文字で「甘味料」と書いてあった。 これだから考え方の古いやつは。そう言って鼻でわらってみせる。 「いらねーんなら、飲んでやるよ」 缶を奪った銀時は、そのまま缶に口をつけようとした。 ももいろのグロスでテラテラ光っているくちびる。色はともかくとして、その濡れたさまが、桂の中の奥底に忘れられていたある種の感情を、一瞬にして舞い上がらせる。 「ダメだ!」 缶に唇が触れる一瞬前、あわてて桂は彼を制した。 「ぅおわっ、なんだよテメーは急にィィッ!!」 危うく缶を取り落としそうになった銀時が怒鳴る。 「…貴様にはその氷菓子があるんだ、ぜいたくを言うな。これは俺の駄賃で買ったんだぞ」 かまっ娘倶楽部は、ぶっちゃけタダ働きだった。そもそも二人は西郷に対して暴言を吐いたために連れてこられたので、とどのつまり、慰謝料を体で払っているといったところなのだ。与えられるのは不味い賄いと、こうした遣いの駄賃程度。缶コーヒーひとつといえど、貴重な稼ぎなのだ。 「なんだよ、テメーがマズいとか言うからじゃねーか。親切で言ってやったのによォ」 ブツブツ文句をつける銀時の太い指にばかり目がいく。それから。 缶には桂の紫の口紅がべっとり付いていた。 「…紅の色が、うつってしまうだろう」 それから濡れた口元に目を止める。銀時も一瞬視線をとめた。それに何か意味があるのか、知りたいがそれを知るのが恐ろしい。 「…そっか」 「そうだ」 「別に、俺はどうだっていーけど」 どういう意味で言ったのか、アイスバーをくわえる直前にぼそっと銀時が漏らした言葉を、桂は聞いていなかったことにしておいた。 流し込むコーヒーの甘さに辟易する。本来桂は甘いものを好まないのに、しかし今日はなぜだか拒めない。甘味料は桂をじくじく苛む。この甘さに毒される自分が嫌いではなかったからだ。 もうずいぶん昔のこと、桂は銀時と、くちびる以上のものを交わらせていた時期があった。 なかった事にしていたそれらの記憶が、あのころの面影の一切残らぬ格好のときに思い出されてしまったのは、どういうわけなのか。 忌々しげにまたコーヒーを一口やると、厠に行っていた姐さん(以下「アゴ代」という。)が戻ってくる。 桂はそれになんとなく救われたように思った。 普段あまりコーヒーなど飲まないためか、やたらとカフェインがきつく感じられる。 今夜は眠れないかもしれないと、思った。 おしまい |
かまっ娘倶楽部のときのお二人、再開後よりをもどす手前くらいで。
このあとてるくんがいじめられている現場に遭遇します。
ま、きっと坂田さんも実はヅラのうなじと赤襦袢からチラリズムな絶対領域に釘付けだと思いますよ。
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