These cats are on the warm sofa.




神楽は万事屋のソファに落ちているふたつの毛玉を観察している。
といっても、本当の毛玉ではないのだ。黒い毛玉が白い毛玉の上に丸く小さな頭をのせている。白い毛玉はだらしなく口の端からよだれを垂らしていた。

「ほんとにお前ら、銀ちゃんとヅラアルか?」

毛玉たちは返事もよこさなければ、まったく動きもしない。ひげをちょっとひっぱってみれば、白い毛玉はそっぽを向いてしまった。
まったく、ふてぶてしいのは姿がどうなろうと変わらないらしい。こいつら二匹が居座っているせいで、定春はかわいそうに階段下に追い出されているというのに。もちろん、定春を部屋に入れてしまえば、この非力で哀れなふたり、いや二匹は、すぐに彼の胃袋におさまってしまうだろうから、仕方ないことなのだった。

「神楽ちゃん、ほら、もう出かけるよ?」

台所からエコバッグ持参で出てきたのは新八だ。まだ毛玉に夢中になっている神楽に、口もとをゆるめる。

「早く行かないと。ほら、銀さんたちもお腹すかせてるんだから」

「うん」

二人はこれから、この不幸な二匹のために、猫缶を買いに行かねばならないのだ。
名残惜しむように神楽が白い毛玉の背をなでる。指が埋もれてしまうくらい、たっぷりしたやわらかな感触と体温に顔をほころばせたあと、神楽は新八を追いかけた。




さて、万事屋に残された二匹の猫というのは、時折そのしっぽをぴくんぴくんと振りながら寝ているのである。柔らかそうな腹が規則正しく上下して、安心しきった無防備な表情をさらしている。
不意に黒猫のしっぽが白猫のそれに巻きついた。
この黒猫のしっぽというのは、体のわりに長毛で、毛艶もよくさらさらとしている。白猫の毛も長いのだったが、かなりのくせっ毛があちこち伸び放題になっているせいで、長毛種という印象はあまりない。例えてみれば本当に、毛糸の玉なのである。
ぽふ、と黒猫の前肢が乗っかってきて、白猫が目を覚ました。むっくり体を起こしても黒猫は起きない。ただ心地よさそうに、のんきな寝顔をさらしている。
白猫はくるりと体の向きを変え、のそのそ起き上がった。それでも黒猫のしっぽは白いしっぽに巻きついたままなのである。
すると何を思ったか、白猫は黒猫のあたたかい腹を、頼りない肉球でぽふぽふ叩いた。それでもその黒猫ときたら、むにゅむにゅ寝言を漏らすだけだ。今度は白猫の肉球が少し力をこめて黒猫の腹をむにゅっと押した。やわらかい毛をかきわけるように、何度か押しやっても、なにも変化がない。白猫は仕方なくその場に伏せ、黒猫の腹に顔をうずめた。もぞもぞ腹を探り、ぽつんとした小さな乳首を気まぐれに押している。そのたび寝ている黒猫の脚がピクンとひきつって、しっぽはさらにきつく巻かれるのだ。
母親にするように、白猫が黒猫の小さな乳首を吸ったとき、ようやく黒猫の目があいた。きょとんとする黒猫を無視して、白猫はちゅうちゅう乳首を吸いつづけている。黒猫は姿勢をたてなおそうと四肢をばたつかせたが、完全に白猫にいいようにされてしまって、虚しく空をかくばかり。それで黒猫は何度かとがめるように鳴いてみせた。あんまりうるさかったのか、白猫はぐっと体を伸ばして、黒猫の首ねっこのうしろに甘く噛みついた。こうすればおとなしくなるのを、本能的に知っているのだ。
案の定、黒猫はにゃあん、と小さく鳴いて、後はやっぱりおとなしくなり、二匹は好きなようにじゃれあった。白猫は黒猫の耳を優しくかじったし、黒猫は白猫の肉球ばかりつつく。その様子はとてもむつまじく微笑ましいものだったが、同時にとても妖艶だった。戯れにじゃれあっているだけなのだろうが、見る者によってはこの上なく官能的な姿だといえた。






引き戸のあく音がして、先ほどの二人が戻ってきた。
二匹はびくんと驚いて、あんまり驚きすぎたのか、白猫はうっかり黒猫の乳首に思い切り歯を立ててしまった。それで怒ったのが黒猫である。ギャッと声を上げて飛び上がり、毛を逆立ってて白猫を威嚇する。白猫も反射的に飛びのき威嚇しかえした。

「もーっ、何やってるアルか二人ともォォ!」

「また喧嘩してるんですかぁ?猫になっても、やってることは同じだなぁ」

あきれた様子の新八の声にかさかさ鳴るビニール袋の音がまじると、腹をすかせた二匹はすぐさま反応して、一目散に駆け寄った。

「ニャー」

「ミャーゥ」

二匹は不躾に新八のまわりをうろちょろし、我慢しきれなくなった白猫は、しまいに彼の袴を引っ掻いた。

「ちょ、アンタたちなんなの?!ほんと意地汚いんだから!」

そういいながら新八は、買ってきた猫缶をふたつ取りだして(喧嘩しないよう、仲良く二つとも同じものだ)、皿にのせてやる。飯が床に置かれるなり二匹はがつがつ食べはじめた。

「あの二人、人間のプライドってもんは失くしちゃったのかな」

「もともとないから、大して変わんないアル」

あっという間に平らげた二匹は、腹も膨れたのにまだ威嚇しあっている。神楽が呆れたようにため息をついて、二匹をひきはがし、白猫を抱きあげた。

「フニャアアー!」

抱きあげられた白猫は不満げな声をだした。新八も黒猫を抱きあげ、ソファに座って自分の膝にのせてやる。うっかりずり落ちそうになった黒猫が、あわてて新八の胸に爪をたててしがみついた。そのやさしい重さと、つっぱる肢のかわいらしい力に思わず笑みがこぼれる。
首に巻かれたスカーフが妙に愛らしい。大きい瞳孔をいっぱいにひらいた丸い目が、じっと新八を見つめてくる。桂はそのままミャア、と何事かをのたまった。それがどんなに阿保な発言であっても、今はわからないので、とても可愛らしい。
桂はしばらく黙って新八になでられている。常の桂であれば、こんなにやすやすと持ち上げたりできるわけがないので、彼はなんとなく不思議な感覚がした。



「銀ちゃん、なんでヅラと仲良くできないアルか?いっつも喧嘩ばっかりして。今は同じ境遇同士、仲良くしなきゃ治るものも治らないアル」

神楽が銀時の頭をわしわしなでた。銀時は迷惑そうにぶるぶる頭をふったあと、おとなしく新八の膝にのる桂に飛びかかった。が、もう噛みつきもせず、ぶつかりもせずにするりと着地して、ぷいっと寝室に行ってしまう。おどろいて思わず再びずり落ちかけた桂も、あわてて銀時のあとに続いた。

「……銀さんなのに、言葉がわからないと扱いがむずかしいなあ」

「でもいつもの銀ちゃんより可愛いアル」

「あ、神楽ちゃん、毛だらけになってるよ」

神楽の可愛らしいチャイナ服には、白いくるくるの毛がいくつもくっついている。新八には毛はほとんど付いていなかったので、きっと毛質の違いがあるのだろう。

「ありゃ?ほんとだ、さっきの銀ちゃんの毛だヨ!……かわいそうに、人間に戻ったらきっとハゲてるネ」

「いや、大丈夫でしょ、いくらなんでも」

新八はガムテープを持ってきて、よごれた神楽の服をきれいにしてやる。

「なんで銀ちゃんはヅラに喧嘩ばっかりふっかけるアルか」

「どうしてだろうね、ほんと。でも、……ん?」

ふいに新八が何か気付いたように寝室を見やった。

「新八ィ、どうしたネ?」

「神楽ちゃん、あれ」

二人は銀時のしょぼくれた寝室にそっと近づく。そこには丸まってねむる二匹の姿があった。互いの体を枕がわりに、しっぽはぴったりくっつけて、すやすやねむっている。

「ま、なんだかんだと仲良しみたいだね」

「なんかちょっとイラっとするアル」



二匹の呼吸はおだやかで、いつものただの銀時の寝室も、気まぐれな猫の唯一の居場所のようだった。
起こすのがはばられて、新八はそっとふすまを閉めた。






おしまい

遅くなりましたが、クロニクルでお配りさせていただいたシロモノです。
このときは結末を知らなかったので、本編からみるそありえない話になってます、すみません。
猫ってかわいいよね!という、ただそれだけのハナシでして、「え、これ銀桂?」っていうテイストです。
重ね重ねすみません…


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