「パパ(仮)がサンタにキスをした」





夕暮れがずいぶん早い。
まだ19時を回る前なのに、かぶき町はすでにネオンでにぎやかだ。
とくに今宵はひときわ明るい夜、クリスマス・イブだ。
何がそんなにめでたいのか、神楽にはよくわからない。けれど、いつもよりキラキラしているこの時期の景色は、悪くないと思っている。

前を行く男どもは、さっきからブーブー文句ばかり垂れ流している。せっかくのクリスマスなのに、とかなんとか。
ちなみにこの日の万事屋は、結野神社で正月用のお御籤の準備を手伝ってきたばかりだ。
暖房をケチられたせいで、屋内なのに仕事中は震えるくらい寒かった。そのかわり、御代は随分弾んでくれたらしい。
銀時は、結野アナと会えた(というか正確には遠目に見ただけだが)で、めちゃくちゃ喜んでいた。それで今日の晩御飯はめでたくハンバーグ(ちなみに冷凍食品)になった。それから、「クリスマスだから」とスーパーの安いケーキを買ってくれた。
男という生き物は、なかなか単純で便利なものだと神楽はのんびり考えていた。

ごみごみした通りを抜け、妖しげな裏通りを抜け、万事屋に帰ってくると、階段に何かが座り込んでいた。
真っ赤な服に真っ赤な帽子。帽子や裾には、真っ白でフワフワした飾りがいっぱいついていた。黒い長靴を履き、大きな袋を持っている。顎には口元が隠れるほどの、ふさふさの髭が生えていた。
その隣に、真っ白でずんぐり丸いフォルムの、やたら図体の大きな謎の生物がちんまり腰かけている。頭からは大きな角が生え、真っ赤な丸い鼻をしている。
怪しい二人組は、階段中腹に座り込んで、楽しそうにジングルベルを歌っていた。
はっきり言って、超絶怪しいサンタクロースだった。
神楽と新八が何か言う前に、つかつか階段をのぼった銀時が、力の限りサンタの顔面を蹴り上げる。そのままサンタをふみつけて先を行こうとした。が、サンタがその青波模様の裾をがっしと引っ掴む。

「待たんか! 踏みつけることはなかろう!」

「うるせーよ、何のつもりだ? このバカヅラが」

「バカヅラじゃない、サンタさんだ」

サンタさんと名乗った男は、しかしどう見ても桂にそっくりだった。

「サンタさんは、普通こんなところにスタンバってないアル。煙突から不法侵入してくるのが正式なサンタさんアル」

「このウチには煙突がないだろう。だから入れなくって。仕方なしにここで待ってやることにしたんだ」

「なんでちょっと恩着せがましいんですか」

サンタは新八のツッコミを無視して、「ほらプレゼントもあるぞ」と、脇に置いた白い袋から、大きな包みをふたつ取り出した。
その大きさに、神楽は興奮して目を輝かせる。

「スゲー! 何だコレ、めっちゃデカいアル!!」

「ほら、いい子にしていた二人に、クリスマスプレゼントだ」

「いいんですか、桂さん。こんなスゴそうなもの貰っちゃって」

「桂じゃない、サンタクロースさんだ。もちろん構わん。今日はめでたい日だから、みんなでお祝いせばな」

サンタは得意気だ。
ありがとうございます、と頭をぺこりと下げた新八を見習って、神楽も「ありがとうございます」と元気な声で言い、頭を下げる。

「サンタさん、開けていいアルか?」

「もちろん、いいぞ」

両手で抱える大きな荷物をほどいて、袋から中身を引っ張り出す。出てきたのは、お菓子の詰まった大きな赤い長靴だった。この時期限定でスーパーなんかによく並んでいるやつだ。菓子が零れ落ちないように網が貼ってあって、小さな鈴と、どう見てもお手製の宇宙怪獣ステファンぬいぐるみがぶら下がっていた。

「お菓子がいっぱい入ってるアル!! こんなすごいもん、見たことないヨ! サンタさんスゲー!」

「ほんとだ、こんなにいっぱい……なんか、すみません」

「気にするな、いい子にしていたからだ新八君」

「さっ、サンタさん、キタネーうちだけど、上がっていくといいネ。粗茶くらい出すヨ」

浮かれた神楽は踊るような足取りだ。

「キタネーうちで文句あんならお前も出てけっつうの」

銀時が眉間に思い切り皺を刻むのもお構いなしで、神楽はサンタとトナカイを家に上げる。
粗茶ですが、と新八はぬるめで若干出がらしの、本当に粗茶を出した。お構いなく、と社交辞令の遠慮の文句を述べたサンタは、ちゃっかりソファに深く腰掛け、サンタのくせに慣れた手つきで日本茶をすすった。

神楽と新八は、それぞれの長靴の中身をひっくり返しては眺める。その横にはトナカイがちょこんと座っていた。
長靴には、ちょっと洒落た包みに入ったキャンディーやクッキーが詰まっている。いつもは酢昆布やんまい棒くらいしか食べられない二人にとって、なかなか貴重な代物だ。新八は小分けにして、食べるスケジュールまで立てているのか、賞味期限の近い順に並べている。

子供たちのはしゃいだ様子を満足そうに眺めるサンタの襟首を、銀時の手が鷲掴みにした。

「で? 俺の分は?」

「貴様の分? あるわけないだろ」

サンタはいけしゃあしゃあと言い放った。即座に銀時のこめかみに青筋が立つ。

「なんで俺の分がねーんだよ! むしろそこが最重要だろーが!」

「クリスマスのプレゼントは、いい子にだけ当たるんだぞ。貴様は悪い子だから、プレゼントなしだ」

「ざけんな、テメーの100倍はいい子にしてんだろーが!」

銀時はその白いフワフワした襟首を引っ張り上げる。サンタはぐえっと首のしまった声をあげ、じたばた手を動かした。絞り出すように「ちょっと待て」と死にかけの声で懇願するので、銀時は仕方なさそうに締め上げていた手を離した。

「なんだよ」

目じりに涙を溜め、ゼエゼエいうサンタに居丈高に言い放つ。

「じゃあ、貴様にも、ちゃんと、プレゼントをやる」

息切れの合間に絞り出された言葉に、銀時の表情が少しゆるむ。で? と物欲しそうな手のひらを差し出す。すると、サンタは顔を赤らめ、嬉しそうな顔になり、一つ咳ばらいをした。

「プレゼントは、アレだ、俺からの熱いキッ」

「いらねェェェエエエ!!!」

銀時はサンタの顔面にきれいに回し蹴りを決めた。ふべらっ、と間の抜けた悲鳴が上がり、ソファに突っ伏した。

「あ、ダメだヨ銀ちゃん! サンタさんにそんな乱暴なことしちゃ」

「いーんだよ、こんなヤツ!!」

銀時は八つ当たりみたいに帽子から流れる黒髪を引っ張った。
いい年をした大人の癖に、自分より幼稚な銀時の様子に、呆れた新八が軽くため息をついた。

「いい加減にしてくださいよ。あ、そうだ、かつ……じゃなかった、サンタさん、よかったら夕飯でもどうです?」

「いやしかし、それではみなの食い扶持が減るだろう」

「プレゼントのお礼ですよ。ウチのご飯はいつもの通り、相変わらずの貧乏飯だから、たいしたものじゃないですけど」

「かたじけない。せっかくだから、馳走になるか。なあ、エリ……イヤイヤ、トナカイ君」

トナカイは『ありがとウサギ』と書いたプラカードを差し出した。新八はそんな二人を見て笑い、神楽をつれて台所に向かう。

居間に残されたのはm大人気ない大人二人と、大型ペット2匹だ。ペットたちはお互いをじっと見つめてガン付け合っている。
銀時はひとり不機嫌そうにむっつり押し黙っている。

「そう拗ねるな銀時。実は、お前には本当に、とっておきのプレゼントを用意しているんだ」

「またさっきと同じこと言おうとしたら、マジでぶっ殺すかんな」

「本当は、後で教えるつもりだったんだが仕方ない。……耳を貸せ」

サンタは銀時の耳に口を寄せる。ふわふわの付け髭がくすぐったいのか、銀時はぎゅっと堪えるように顔をしかめた。
そのままサンタはごにょごにょと小さく耳打ちした。

「……え? チーズフォンデュ?」

「ばっ……!!」

怪訝そうに銀時が口を開いた瞬間、サンタはものすごい勢いでその口を塞いできた。手のひらでガバっと銀時の口と鼻を多い、反対側の人差し指を自分の口元にあて、慌てたようにまくしたてる。

「貴様ッ、そんなことを大声で言うものではないッ! 子供たちに聞かれてみろ、説明できんだろーが!!」

呼吸器系をキメられた銀時は激しくもがき、無理やり手を振り払う。粗い息を隠しもせず、サンタの意味不明の言動に思い切り眉を寄せた。

「説明も何も……別に、やりゃいーだろ? お前もたまにはシャレたもん用意するじゃねーか。さっさとやろーぜ」

「さっさとヤる……だと?! 何言ってんだ貴様は!!」

「イヤ、だからやるんだろ? チーズフォンデュ」

「しっ!! ……まさか子供たちが見ている前でやれというのか?! そんな破廉恥な行為、俺にはできん!!!」

サンタは、服と同じくらいに顔を真っ赤染め、眉を吊り上げる。が、その怒りと羞恥の理由が、銀時にはさっぱり理解できない。

「だからなんで破廉恥? フレンチじゃなくて?」

「? フレンチ? って……?」

「えっ……?」

「……えっ?」

二人は顔を見合わせて頭をひねった。二人の頭には大きな疑問符が浮かんでいる。互いの顔には「ちょっと言ってる意味がわからない」と書いてある。
ええっと、と前置きして切り出したのは、銀時のほうだ。

「……お前さァ、チーズフォンデュって、何かわかってんの?」

「もちろんだ」

「じゃあ、どういうのか言ってみ?」

するとサンタは何か言おうと口を開きかけてやめる。それからまた顔を紅くして俯いた。

「そんなこと言えるわけないだろう……」

消え入りそうな声で、しかも恥らったような細い声で、早口にサンタが呟く。
予想のななめ上を行くリアクションに、銀時はちょっと慌てた。

「ちょ、ちょっと待て。じゃあさ、アレ、ほら」

銀時は仕方なしに、髭でモフモフしている口元に耳を寄せる。
意図を悟ったサンタは、おずおずと真っ赤な顔を上げ、そっと耳打ちしてくる。鼓膜をぼそぼそ震わせる声が紡いだ衝撃的な言葉に、銀時はブハっと吹き出し、その勢いでテーブルにつんのめったので、サンタの湯呑み茶碗を倒してしまった。飲みかけの中身が盛大にこぼれてテーブルが粗茶びたしになった。

「ちげーよっっ! んなわけあるか、バッキャロォォオ!! どこの世界にそんなヤらしいチーズの食い方があんだよ!! あーもう、めんどくせェェエエ!!!」

銀時は目の前のサンタ帽を引っ掴んで、サンタの顔に往復ビンタを食らわせる。騒ぎに気付いた新八がすかさず台所から飛んできて、二人を怒鳴りつけた。

「アンタら!! 手伝いもしないくせにぎゃあぎゃあうるさいでしょーが!! いい加減にしてくださいよ!!

その剣幕に二人は身を小さくし、おかーさんごめんなさい、としょぼくれた声で謝った。






サンタはその日、トナカイと一緒に泊まっていくことになった。
夕飯にみんなで冷凍ハンバーグを食べてから、UNOをして遊んだ。サンタはUNOが弱いのか、ずっと負け続けたので、いい大人の癖に、子供みたいに悔しそうに拗ねていた。気を使ったトナカイが、わざと負けてやっていた。
遅くなったのでもう帰る、という新八を見送った後、風呂からあがると神楽の瞼はもう重くなっていた。銀時とサンタは、のんきに晩酌をしているところだ。二人のいる居間の隅っこには、定春とトナカイが、一緒に丸くなってうとうとしている。
サンタに貰ったお菓子の長靴を抱きかかえ、神楽はオヤスミと二人に手を振った。眠い瞼を擦りながら、馴染んだ寝床の押入れに潜り込む。瞼を閉じれば、すぐに眠気が神楽の全身を優しく支配する。抵抗することなく、彼女はもぞもぞ布団を手繰り寄せ、収まりのいい場所を探して自然と寝返りを打った。
顔を横に傾けると、不意に瞼の裏が明るくなって、神楽は思わず眉をしかめる。押入れの襖が少し開いていたのだ。手を伸ばすが、あと少しのところで届かない。仕方なしに重たい体に鞭打って、のろのろと起き上がる。襖に手を掛けるついでに、眩しさに目を瞬かせつつ、ちらりと外の様子を覗いた。
明るすぎて白く霞んだ視界に、銀時の頭とサンタの頭らしきものがぼんやりうつる。二人はいつものソファに並んで座っているが、神楽からはその後ろ姿しか見えない。
銀時はそのままサンタの帽子を取って、あらわれた黒い艶のある髪に指を滑らせている。
そして、ゆっくりと自分の頭を寄せ、その丸くて小さな頭の旋毛あたりに唇を押し当てた、ように彼女の目には映った。でもそれが何を意味しているのか、頭に入ってこない。

銀ちゃんとサンタさんがあんなに仲良しだなんて、知らなかった。へんなの。

寝ぼけた頭で見当違いなことを考えながら、神楽はゆっくり襖を閉めた。
襖を閉めれば、安眠を妨害するものはなく、彼女はあたたかく優しい眠りに身を任せた。

神楽は銀時とサンタさんのラブシーンなんて覚えていなかった。もちろん、その日見た夢もすっかり忘れてしまった。けれど、ふわふわと居心地良く幸せな夢を見たことだけは覚えていた。






メリークリスマス!
×××


メリークリスマス!!(遅っ!!)
2011年のクリスマス用にと書いていたのですが、結果とんでもなく遅くなって年明け更新ですトホホ……
ホント銀桂はさっさと籍入れてることを公表したらいいと思います。
「チーズフォン…」ネタがかわいかったので混ぜてみました。あの「チーズフォ…」を吹き込んだのが銀さん、というネタもいいなと思ったのですが今回は桂さんの妄想にしてみました。

タイトルの元ネタの曲、はじめて聞いたとき、幼い私は「不倫の曲だ…!キッスとかいやらしい!」と思ってました。
「お前のその頭がいやらしいだろ」幼い自分にそんなツッコミをいれたいです。

そうそう、それから最後に、銀さん、勝手にパパあつかいにしてごめんなさい。

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