RTされた数だけグラアン書く(たぶん4/4)-T】

※CAUTION※
◎2012映画寄り超捏造RE
◎デレるEが苦手な方にはおすすめできません
◎突っ込み所満載ですがあえてスルーできる方向けです
◎いろいろ間違っております
以上が大丈夫そうでしたら……↓













 白い花は雛菊というのだった。
 グランテールは名前を知っていただろうか? 雑学好きの男だから、知っていたかもしれない。ただ、アンジョルラスはその花に名前があることすら知らなかっただろう。
 パリの道端にありふれている、つまらない花だ。






ヴィクトールが知り得なかった、ただ一つの口づけの話







 アンジョルラスは、ある深刻な問題を抱えていた。
 毎日決まって午後八時以降の記憶が抜け落ちている。原因はまったくわからなかった。身体に変調はないし、頭を打ったわけでも、正体がなくなるほど飲酒したわけでもない。
 その日のうちは、午後八時を過ぎても記憶に常はみられない。意識もはっきりしている。けれど、一晩越せば、昨晩の記憶は、夜露とともにすっかり消えている。思い出そうとしても、思考が白くかすんで不可能だった。つまり、毎晩午後八時に就寝し、そのまま朝を迎える錯覚が続いている。
 彼はABCの友の、とりわけ近しい者にだけ、口止めとともに告白した。
 皆は口をそろえて診察をすすめ、ジョリーは教授に紹介状を書くとまで言い出したが、彼はすべて断った。臨床実験でたらいまわしにされるのはごめんだったし、なにより、そんな時間はないからだ。マリウスが頼むから診てもらえ、と必死にすがったので、長引くなら医者にかかると渋々誓った。
 記憶の欠落に気づいてから、彼は午後八時以降の詳細をすべてノートに記録した。毎晩遅くまで秘密の集会所に残って議事録をつけ、翌朝目覚めるとすぐに昨夜の出来事を頭に叩きこむ。
 支障がないとはいえない。けれど、生活できないほどの不便さもない。強いて言えば、みなの心配そうな視線が気がかりだった。
 結局何の手も打たぬまま、彼は十以上もの夜を失い続けている。




 部屋にはペンが紙をこする音だけが響いている。なめらかなペン先が、見る間に白紙のノートを埋めてゆく。
 夜の喫茶店。ゆれる薄明りの中、アンジョルラスはいつものように記録をつけていた。最後の一文を書き上げたとき、階段から足音がしたので視線をあげた。
 そこにはグランテールが立っていた。上機嫌そうな笑顔をうかべ、ブランデーのにおいをまとっている。そういえば、今日この酔漢は集会所に姿を見せていなかった。どこかをほっつき歩いて酒におぼれていたわけだ。
 アンジョルラスにとって、この男がどこで酒浸りになろうが関係がなかった。いつもふざけた態度で、何度言っても酒をやめず、みなの思想の揚足をとって哂う男だ。彼はアンジョルラスの話の腰を折り、わめき、茶化すのが好きなのだ。だから今夜の訪問も、ノートを取るアンジョルラスの邪魔をしに来たのに違いなかった。または、記憶の欠陥を哂いに来たのかもしれない。
 やあ、と男は片手をあげる。アンジョルラスは眉をしかめた。

「僕はもう帰るところだ」

「じゃあ、俺の部屋に寄っていかないか?」

「いいや」

「相変らずつれないな、君は」

 断られたのに、男は嬉しそうだった。
 アンジョルラスは無視してノートを閉じる。手早く荷物をまとめて立ち去ろうとしたが、酔っ払いは階段をふさいで足止めしてきた。アンジョルラスは厳しい視線で彼を見据えた。

「何か用かい?」

「これを贈りたくて」

 グランテールは一輪の花を差し出した。

「君に似合うと思ったんだ」

 フランス中どこにだって生えている雑草だから、アンジョルラスにも見覚えがあった。ちいさな白い花が武骨な手の中で居心地悪そうにしている。それからグランテールは、アンジョルラスの胸ポケットに恭しい手つきで花を飾った。あざやかな赤い上着の胸元に、ふたつの花が咲く。

「赤もいいが、君には白もよく似合うよ」

 酒飲みは満足そうだった。その目つきがあまりにやさしくて、アンジョルラスは苛立ちをおぼえる。

「なんのつもりだ?」

 放った言葉は低く響いた。おどろく酔っ払いの返事を待たずに畳みかける。

「僕をどこの女と勘違いしているのかはしらないが、こんなことはやめてくれ。不愉快だ」

 強い口調で吐き捨てる。胸元の雑草を乱暴につかみ、ほとんど投げつけるようにつっ返した。花弁がちぎれ、茎の折れる音がした。

「ア、アンジョルラス! 待ってくれ」

 無情にも彼の腕を振りはらい、階段を駆け降りた。
 朝には忘れてしまうのだから、腹をたてても仕方がない。頭では理解していたが、アンジョルラスはめずらしく感情を持てあましていた。あの酔っ払いの目にうつる自分の姿がどんなものか想像すると、ひどく傷つけられた気がする。そして彼の戯言になぜか心をかき乱される自分にも腹がたった。

「どうせ、ぜんぶ忘れるんだ」

 彼は胸の中だけで何度もつぶやき、自分に言い聞かせた。












(2013.04.29)


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