不健全な精神は健全な肉体に宿る B






部屋に戻っても坂本はいなかった。締め出されている間に見なかったか桂に聞いたが、誰も見ていないという。

髪をドライヤーで乾かすように言ってから、さてどうしたものかと銀八は悩む。同じベッドで眠るわけにはいかない。かといって、いつ帰ってくるかわからない坂本のベッドを使うわけにもいかない。坂本を床に転がそうかと考えていると、当の本人からメールがきた。

『今服部の部屋で呑んどる(*´∇`*)
 おんしも来い〜εε=ヘ(*´ー`)ノ□』

『朝まで呑んでろ。
 もう寝るから帰ってくんな』

銀八は手早く返信して、鍵とは別にドアチェーンをかける。
狭いユニットバスから漏れていたドライヤーの音が消えた。桂が長い髪を揺らして顔を出す。

「先生、ありがとうございます。おかげで助かりました」

桂はこちらの気も知らずに、のんきにベッドに腰掛ける。それをやめろと銀八は言いたい。せっかくの決心が揺らぎそうだ。期待している自分がいることも確かだから、隙を見せないでほしいのだ。

「俺、先生はずるいと思います」

銀八が桂を振り向くと、むすっとこちらをにらむ強気な目があった。

「いきなりどうしたのヅラ君」

「先生、俺に近寄るなって言っておきながら、あんな・・・」

ふと桂は硬い表情を崩し、うつむいてしまう。

「あんな、誘ってるような目で見られたら、俺、どうしていいのかわかりません」

「!」

「先生は俺をからかっているんですか?俺が年下だからですか?本気じゃないのなら、きちんとそう言ってください。思わせぶりな態度ばかりとられても、俺は困る」

銀八は桂をベッドにたたきつけた。
驚いて反射的に逃げようとする体を、体重をかけて押さえ込む。

「先生」

「ふざけてんじゃねぇよテメェ、人の気も知らねぇで」

銀八の手が桂の肩をきつく押さえる。

「そんなに欲しいんなら、くれてやろうか?こっちがどんだけ・・・」

桂から石鹸の匂いがする。やはり少し冷えていたのか、指に触れる細い肩は冷たい。
桂は驚いた表情を見せたけれど、すぐにあの、まっすぐな目に戻り、銀八の射抜くような視線を真正面から受け止める。

「先生」

桂が腕を銀八の背中に回してきた。もう片方の手が銀八の髪を撫でてくる。少し垂れたその目に険しい色はない。戸惑いを映しながらも、真剣に銀八を見つめてくる。

「桂」

銀八は情熱的に桂にくちづけた。
ずれた眼鏡を無造作にベッドサイドに置く。桂の手が背中を撫でるのを感じる。
くちびるを合わせ桂の舌を舐めながら、その長い髪をかき回す。めちゃくちゃにしても滑らかなその髪からは、ふんわりしたシャンプーの匂いがした。首筋にくちびるを寄せると、桂はびくんと大きく体を跳ねさせる。

「!」

銀八は気を良くして丁寧にそこをしゃぶった。

「ぁ、先生、」

「なに・・・?」

「ヘン、へんな感じがします」

「変じゃねぇよ」

初々しい反応に銀八の口角が上がる。銀八は浴衣の上から桂の胸をまさぐった。浴衣の上から指先で先端を探って押しつぶす。

「はぁ・・・っ、先生」

桂が細く切ない声を上げる。なんて声を出すのだろう。

「ココ?乳首」

「ん、」

桂はいやいやをするように首をふる。それを見て銀八はさらにそこを押した。桂の頬が赤くなり、息が上がる。ばらばらに乱れたその髪がは自分の手によるものだと思い、興奮する。桂の耳元で名前を呼ぶと、それだけで細い体が震える。
銀八は先ほどまでの葛藤も、健全な精神も、全て忘れた。
銀八は片手を伸ばしてルームライトを消す。ベッドサイドのやわらかいオレンジの光。視力が悪いのだけを後悔した。

胸元をを開く。桂の体は白く、しなやかな筋肉がついていて、意外にも弾力があった。やわらかいというよりは、張りのあるその筋肉を、きめ細かい肌が覆っている。先ほど遊んだ胸の先は小さくとがっていて、迷わずそこにくちづけた。

「っあ!」

くちゅくちゅ音を立てると、桂は魚のようにはねた。声を押さえる細い手を外し、またキスに耽る。そのまま帯を解いて浴衣を肌蹴させ、下半身に手を伸ばす。
と、そこで銀八は急に我に返った。
手のひらの中のそれは、弾力があってあたたかく、初めての肌の感触にふるえながら興奮していた。そしてまぎれもなく男だと主張している。
銀八は男とのセックスは初めてだったのだ。

初めて桂とキスをした日から、それなりに知識を仕入れていた銀八だったが、実践となると話は別だ。それをこんな状況で、勢いに任せてしまっていいのだろうか?

動かなくなった銀八を不審に思ったのか、桂が銀八のやわらかい癖毛に触れてくる。

「先生?」

「悪ィ、やっぱ止めだ」

桂から身を引こうとすると、その腕を桂につかまれる。思わず桂の顔を見てしまい、銀八は言葉を失う。
旅行前や、ついさっきまでの強気な目線ではない。もっと必死な切実な目だ。銀八が濡らしたくちびるが震えている。腕を掴んでいるけれど、その手の力は切ないほど弱い。止めないで、桂は全身でそう言っている。

「やっぱり、ダメですか。俺じゃ」

「いやお前がっていうか、・・・状況が」

「状況?」

だから、と銀八は自分の癖毛をぐしゃぐしゃ掻きまわす。

「仮にも教育の現場でこんな不健全なことして、となりに聞こえてバレたらどーすんだ。声抑えられんのか?」

「でも、このまま何もしないのは、正直つらいです。収まりつかないし」

はっきりものを言う桂に苦笑しながら、それでも桂の言葉は十分に殺し文句だった。

「仕方ねぇ。・・・じゃあ本番はナシだけど、先生が何とかしてやる」

「何とかって・・、あ。」

銀八は桂の下穿脱がせ、手を添える。そしてもう片手で桂の手を取る。

「先生も収まりつかねーし」

そのまま桂の手を導いて、ジーンズの上から状態を確かめさせる。
キスをしながらゆっくり桂を押し倒し、Tシャツを脱ぐ。肌を見せると、これからの行為をはっきり意識してしまい、銀八の心拍数が上がる。

「先生、何とかって、何をどうやって何とかするんですか」

「ん?痛いことは何もしねぇから」

銀八はジーンズの前をくつろげる。

「触って?」

やさしく命令して、桂の手を自身に触れさせる。その手が戸惑いながら、銀八をゆっくりとなぞり始めたのを感じると、銀八も桂への愛撫を深めた。
他人にこういった愛撫を施すのは初めてだったけれど、あからさまに反応する桂を見れば、手の動きは止められない。
本当はこんなこと、罪に問われたりすんだよな。そうわかっていても、止められない。
もう去年の夏から耐えているのだ。おまけにこのところの禁欲生活。どのみち銀八の理性が崩れるのは時間の問題だったのだ。
桂の先が滲んでくると、銀八は桂の脚の間に体を入れて、腰を密着させる。暖かくて弾力のある感触に二人は酔う。密着した箇所に指を絡め、擦りあわせるように律動を始めると、挿入を思わせる動きに桂が声を上げた。体が熱い。
不意に銀八は、最初に桂と話をしたことを思い出した。それから初めてキスしたこと、冬の帰り道のこと、他にもいろいろなことを思い出した。バカで、どうしようもなくアホで、理解を超えた思考回路を持つこのおかしな爆弾。理解できないけれど、もっと彼を知りたくなる。
体は正直だからいい、と銀八は思う。理解できない桂が、何を感じているか、気持ちいいのか、はっきりわかるからだ。桂も俺を理解したくて、セックスしたいと思ったのだろうか。

くちづけながら舌を激しく絡めると、桂は感極まって声も無く達した。
びくびく痙攣する素直な体が、たまらなく愛しい。銀八は自分に添えられたまま弛緩している桂の手を握って激しく上下させ、桂の髪に顔をうずめながら達した。しびれるような深い絶頂感の中、先生、とつぶやく桂の声が、これ以上なく甘い音で響いた。



桂は絶頂の余韻にぼんやりしながら、一生懸命サイドテーブルにあるティッシュを引き抜き、二人の体液でべたべたになった腹部を拭こうとした。
そのぎこちない手を取り、かわりに拭いてやる。なんだか犬や猫の腹を撫でている気がして、健全な安心感がじわじわと沸いてくる。
不健全、むしろ淫らな行為の後だというのに、銀八は自分の精神と肉体がとても健全になった気がしていた。
それはそうだ。何せ我慢しすぎていたのだから。

「先生」

「なぁに」

「・・・セックスって、大変なんですね」

「はァ?」

「なんていうか、思っていたよりずっと、スポーツみたいだ」

スポーツ。そう、確かにセックスとはスポーツのようなものだ。体も精神も、極限状態まで追い込むのだから、ある意味桂の例えは当たっている。ただし色気は無いが。
そう思うと、今まで禁忌だ、と銀八を苦しめていたこの行為が急に自然で健全に思えてくる。それは銀八の罪悪感をいくらか拭ってくれた。

「おめー、この程度でそんなん言ってたらアレだよ、大変だよこの先」

「どのくらい、大変ですか」

「そうだなァ・・・富士山でいうと、今日のはまだ7合目ってとこだな」

「そんなに、ですか」

桂の声が小さく、舌足らずになってくる。眠たいのか、そのまぶたは重い。

「だからゆっくりな」

「ゆっくり・・・」

「まだ最後まではできねぇけど。ゆっくり登ればいいから」

はい、と掠れるほどの声での返事をして、桂はことりとまぶたを閉じた。







続く


甘すぎてキモチわるい。

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