第三話「その影を探す」 あれから土方は桂のことを調べあげた。 常であれば山崎を使うが、今回ばかりはそうしなかった。捜査記録をひっくり返し、桂の関わる事件の資料を片っ端から読む。取り調べ調書から新聞記事、押収した書類にいたるまで、その片隅に桂の影を探した。 集めた資料の中にはいくつか押収した書簡があった。 桂宛てものものもあれば、桂からの書簡もある。紙が擦り切れているものもあった。破れて読めない箇所も。それでも桂の字はまっすぐとしたもので、皆を気遣う桂の様子が見て取れた。また志士たちのひたむきな筆跡に、切々とした桂への思いが溢れていた。 志士からの書簡の中には、「一日逢わぬだけで、もう3月も逢っていない気さえする」などという、熱烈な恋文のようなものさえあった。 文武に長け、情に厚く、誇り高い武士が、辛酸をなめさせられている。 土方には桂の心中など推し量れるわけも無かったが、それでも彼のタバコの量は増えた。 桂に関わるたび、土方のプライドは傷つけられた。土方は正論で叩き伏せてやりたいのだが、桂に関わっていると、何が正論だったのかわからなくなる。 剣の腕でも思想でも負けたくはない、負けるつもりも無い。芋侍であろうと、自分たちの信じる正義は間違いなく「侍」のものなのだ。土方にとっての正義は、その魂を貫き通す近藤と真選組そのものなのだ。そしてその正義はかつての英雄達に引けを取らないものだと、認めさせたかった。 土方がおおかたの資料を読み終えたのは、一週間が経過した明け方だった。朝日がまぶしく、手配書の桂の写真がかすんで見えた。 矛盾していく思考を抱えて、土方はタバコをふかす。吸いがらが山のように積もった灰皿から、灰がこぼれて落ちた。 土方が非合法薬物密売に関する事件の報告を受けたのは、その日の夜のことだった。 残念ながら山崎でも事件の詳細について把握しきれていなかった。わかっていることといえば、天人による大規模な犯罪シンジケート「春雨」が、非合法薬物の密売をしているということ。そしてその組織の一つが江戸でもその販売をしていたということ。そして江戸にいたその組織を、たった二人の侍が潰したということ。 春雨という組織については土方ももちろん把握していた。許しがたい犯罪を行う集団だ。しかしその立場のために、真選組は彼らに手を出すことができず、歯噛みしていたのだ。 それを、たった二人で。 俺たちが何人掛かってもできなかったことを、たった二人で成したのだ、桂は。 桂ともう一人、それはいったい誰か。あのときの銀髪の男だろうか。 土方はその知らせを聞いた時、悔しくてたまらなかった。 そして同時に、土方は強く思う。 話をすることはできないのだろうか、桂と。 風の向きが変わる。 海からの風は凶事の前触れを告げている。 男を乗せた船が、高波にのってやってくる。 船上から夕日に染まる江戸の街並みを一望する男の口元に、かすかに笑みが浮かんでいた。 祭りが近い。 …つづく!! |