第四話 「密談」









窓からはぬるい夜風が入り込んでいる。
銀座の一等地にあるこの料亭は高杉にはなじみの店だった。行けば必ず、同じ座敷をあけさせる。
窓から花火が見えるのだ。


目の前の男は無駄のない所作で腰をおろした。

「まず初めに確認しておきたいのだが」

桂は乱れてもいないのに、群青の着流しの襟を正して高杉を睨み据える。高杉はといえば、既に猪口に口をつけていた。

「俺を呼んだのは、攘夷党の党首としてか?それともただの昔なじみとしてか、どちらだ」

「どっちだって構わねェよ。俺としては、ただお前とサシで呑みてェだけだ」

「そうか。では個人的に呼んだということだな。それではコレはやれんな」

そう言って桂は手にしていた大きな手土産をおろす。

「なんだ?寄こせよ」

「だめだ、経費節減の折なのでな」

「使い回してんのか」

高杉は桂から包みをひったくり、乱暴に破った。
江戸名物 ひよこまんじゅうだった。
桂はうるさく文句を言ったが、高杉は無視してひよこまんじゅうに噛みつく。

「甘ェ」

「貴様!そんなに可愛い饅頭を頭から食すなど、なぜそんなにむごい真似ができるのだ!」

「うるせェ…」


小さく乾杯をした後、息災だったかとか、京はどうだとか、そんなことを聞いてきた。
桂は警戒しているようで、あまり箸に手をつけない。党首という大層な肩書を背負うようになってから、幾度もこのような場に招かれることもあったのだろう。酒だけは進んでいるようだったが、表情ひとつ変わらない。
毒なんざ盛っちゃいねェのに、と高杉は喉の奥でわらった。


「高杉。本当に何もたくらんでいないんだな?」

「だから言ったろ。祭りを楽しみてェだけだ」

高杉は自分でも白々しいせりふだと思う。
もちろんその答えに桂が納得するわけもなく、ふうと大きくため息をついた。

「いいか高杉。昼にお前に言ったことは冗談ではない。お前は幕府から危険視されている。こんなところに堂々とあがりこんで、何を考えているんだ」

「金さえありゃ、どんな奴も言うことは聞く」

「それだから貴様は心配だというんだ。そんなわけ無いだろう。もしそれ以上の金を持って情報を買う者がいたらどうするんだ」

「そんときゃ叩き斬るまでだ」

「これ以上そんな真似ばかりするのはよせ。叶えられるものも叶えられなくなるのだぞ」

母親のようだと高杉は思う。結局こいつの頭の中で高杉は、永遠に子供のままなのだ。
おそらく、「いつかまた共に日本の未来のために戦う日が来る」などと考えているのだ。そういう奴だ。
叶えられるもの?二人のそれが別のものになっていることにお前は気付いているか?
俺は日本の明日がどうなろうと、知ったことではないのに。

ちょうどそのとき仲居の声がかかり、音もなく襖がひらいた。
高杉はそれを予期していたように仲居を呼びつけ、何事かをささやいた。それを聞いた仲居が桂に見えぬようにそっと高杉に小さな文を渡して去った。桂はその密書に気付いているはずだったが、もう何も言わずに酒をあおった。

「まあ気を付けるさ。今回はただ祭りが見たくて来ただけだ。だがそうだな、幕府の狗もかぎまわってるようだしなァ」

そう言ったところで桂が何か苦い顔を見せた。それは高杉が初めて見る桂の切ない顔だった。



「泊まっていくか?天国見える程、イイ気分ににしてやるぜ」

夜も更け、桂が帰るというので高杉はそういってからかった。

「いや今夜は帰る。もう酒で十分いい気分だ。酒の相手がお前でなければもっといい気分だったぞ」

「お前もう男と寝ないのか?」

人妻なんぞが好みの癖に、桂は昔から下世話な話題を好まない。案の定桂はあからさまに嫌な顔をしてみせた。

「別に好き好んで寝ていたわけではない」

「お前を抱きたいってやつァいっぱいいたぜ」

「知るか。恋だの情だの、そんなものにうつつを抜かしている時間は無い」

「はっ、結構なことで」

「何にせよ、本当に気をつけろ。幕府も阿呆ばかりではない。あの狗ども、頭は悪いがハナは利く」

「えらくいい評価だな」

「・・・お前が油断しているだけだ」

うるさい昔なじみが去った後、高杉はなんともいえぬ気分を味わった。
簡単に寝てくれりゃこんな気分にもならなかったと、ひとつため息を落とした後、高杉はゆっくりと煙管をくゆらせた。



祭りの翌日、高杉は桂に意味深な言葉を残して消えた。

同じ日の夕刻、真選組に攘夷志士によるテロ情報のタレ込みがあった。

高杉はただその時を待つ。



今夜20時、帝国江戸ホテル 21階にて。




続く!!


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