第五話 「決定的瞬間」 真選組に攘夷志士によるテロの情報が入ったのは、その日の18時30分頃だった。 情報源はタレ込みと思われる匿名のメールだった。 メールはきわめてシンプルで、場所や時間といった肝心な情報は記載されていない。「今夜、江戸の有名ホテルで爆破がある」という一文のみだったのである。もちろん、いたずらや陽動である可能性も高く、真選組は至急メールの発信者の捜索にあたった。 今考えてみれば、そのとき既に土方は予感していたのだ。その瞬間は必然的に訪れるものだったのだから。 「江戸中のホテルを洗い出せ!全員刀を携帯し、すぐに出動できる準備をしろ。全員厳戒態勢をとれ!」 隊の空気が張り詰める。 土方は全身の血液が潮騒のように騒ぐのを聴いていた。指先がちりちりとしびれている。 昨日の一件に高杉が関与していることは明白だった。この事件にも高杉が関わっている可能性が高い。 だとすれば、真選組としては見逃がずわけにはいかなかった。 19時を回ったころ、伊藤からメールの発信元を特定したという知らせが入った。通報者は攘夷志士だったが、高杉の一派とは対立している男だという。 伊藤は男からテロの標的と時間を吐かせた。そしてその詳細を聞いて、隊は騒然とする。 今夜20時、帝国江戸ホテル。 帝国江戸ホテルは江戸でも有数の高級ホテルで、主に幕府の高官や天人の要人に利用されている。そして今夜も各星の天人の要人が集い、式典が催されているのだ。 沖田が時計を指す。 「近藤さん、もう19時を過ぎちまってまさァ!すぐにホテルに行かねぇと間に合いませんぜ」 「だったら」 近藤は迷いのない目で隊士たちに言い放った。 「すぐに現場に急行する!みんな俺について来い!!」 パトカーは夜の町を疾走する。 飛ぶように過ぎていく町の灯り。 狭い車内には無線の声が響き、隣に座る沖田がいらいらとガムを噛んでいた。昼間の喧騒のようにうるさい車内で、土方はひとり沸騰した思考を必死に抑えている。 彼の思考を乱しているのは、桂の関与の有無だった。 桂についての情報を集めるうち、土方は桂と他の攘夷志士の関係についての情報を得ていた。その中でも特に関わりが深い人物というのが、高杉晋助だったのだ。今、高杉と桂は別の組織を率い、別の道を歩んでいる。それは確かな情報だ。 しかし、もし高杉と桂にまだ個人的な繋がりがあったとしたら? 江戸に来た高杉が何らかの形で桂と接触し、何か大きな計画をたてているとしたら。 その可能性は否定できない。 どんな時でも冷静であるはずの真選組副長は、じとりと湿った手で刀を握りしめていた。 土方達を乗せた車は、高くそびえる高級ホテルのロータリーに滑り込んだ。腕に嵌めたデジタル時計は19時30分をまわっている。 既に式典は終わり会食が始まっている時刻である。爆破まで、残る時間は30分。 標的となっている天人はもちろん、一般客の命を守ることが最優先事項だったが、如何せん時間がない。今からホテルをパニックに陥らせることは避けねばならない。 19時38分、まず山崎を先に向わせ、フロントにて宿泊名簿を確認させる。程なく山崎から「部屋を特定した」と携帯に連絡が入る。犯行のために攘夷志士が潜伏しているのは、21階のスイートルームだった。 19時43分、確保のため少数精鋭で21階に向かい、同時に残りは各階へ向わせる。 19時45分、フロントから全従業員に連絡をとらせ、各階に配備する隊士の指示に従うように指示を出す。階段、エレベーター非常口の前に隊士を配置する。 19時50分、全隊士の配備が完了。 「高杉がいる可能性が高い。トシ、総悟。確保の瞬間は気を抜くな。俺の指示を待て」 携帯からの近藤の声。かすかなはずのそれが、やたらとうるさく耳に響く。 19時51分、部屋への突入準備が完了。 土方の目が光る。刀を握る手には血液がたぎり、潮騒のように耳が鳴る。 ・・・逃がさねぇ。 19時52分、近藤からの突入命令が下る。 土方はドアを蹴破った。 「御用改めである!!」 同じ頃、桂は帝国江戸ホテルへ向っていた。 昼間の高杉の声が忘れられない。なぜあんなことを言ったんだ、と桂はそれが気になって仕方がなかったのだ。 確かに天人は排除すべき存在だ。しかしそのために無関係な江戸の人々が巻き込まれると知ったからには、見逃がすわけにはいかなかった。 昨日の祭りといい、高杉のやり方は多くの人を巻き込みすぎるのだ。ひいては自分にまで火の粉がふりかかろうというものなのに、と桂はめずしく舌打ちをした。 目の前に帝国江戸ホテルが高くそびえる。 『今夜20時、帝国江戸ホテル21階』 桂は早足でホテルへと向かう。 部屋には10人以上の攘夷志士がいた。当然武器を所持しており、激しい衝突となった。しかし不意打ちだったためか、攘夷志士の分が悪かった。全員を確保し、土方が最後の一人に手錠をかけた時点で、彼のデジタル腕時計は19時56分を示していた。 桂はおろか、高杉の姿もみあたらない。武器である爆発物もすぐに発見された。鮮やかな突入劇だった。 その鮮やかさに、土方は違和感を覚える。 捕らえた連中は、名も知らぬ者ばかり。金を持っているようにも見えない。そんな連中が、どうしてこんな高級ホテルのスイートを取れるのだ? そのとき、携帯から耳をつんざくような山崎の声が聞こえてきた。 「副長っ、エレベーターが!!従業員用のエレベーターが勝手に動いてます!!」 各出入口とエレベーターは、真選組が見張っており、従業員はエレベータを使えないはずだった。 高級ホテルのスイートルームで眠れる程の金を持ち、こんなにも派手な芸当をしでかすような男は、そうそういるものじゃない。 土方は従業員用のエレベーターに直行する。 「・・・来い、高杉」 ホテルの玄関には堂々と自分の手配書が貼られていたので、桂は裏口から進入し、従業員エレベーターに乗った。 桂はそのとき、真選組がホテル全館を包囲していることを知らなかった。何のためらいもなく、21階のボタンを押し、高杉の説得だとか、従業員の制服を拝借する方法だとかを考えていたのだ。 完全に桂は油断しきっていた。 エレベーターは一度も止まることなく21階で止まった。 ドアが開く。 19時59分58秒。 土方は突然現れたその男に、言葉を失った。 19時59分59秒。 桂は反射的に「閉」ボタンを強く押した。 土方が不幸だったのは、自分の背後に控えていた男がバズーカを抱えていたことだった。更に言えば、その男が桂を認識した瞬間に、ためらいなくそのトリガーを引いたことだった。 桂が不幸だったのは、そのエレベーターのボタンの反応が速くなかったことと、エレベーターが衝撃の類にあまり強くなかったことだった。 20時00分00秒、爆音が響く。 風圧で土方は前に吹き飛ばされ、桂もまたエレベーターの壁に体を打ち付けた。 そして二人が転がり落ちるようにして入ったエレベーターのドアは、重く鈍い音と共に閉まったのだった。 続くっ!! |