第六話「密室」









「ってぇ・・・」

「いだだだだ」

二人はエレベーターの床にしたたかに体を打った。
一瞬の間をおいて、互いに状況を理解する。
二人は痛みも思考も忘れた。ただ体が動く。自分の目にすら映らぬ速度で抜刀し、斬りかかった。
しかし刀は交わらない。
狭いエレベーターでは間合いがとれず、刀は壁にひっかかり、両者は大変間の抜けた格好で動きを止めた。
それでも土方は、すかさず刀を捨てて桂の衿を掴み、手錠をかける。
はずだったが。

「・・・アレ?」

懐を探っても手錠がない。ポケットを叩いても手錠は出てこない。

「しまっ・・・!」

土方は先刻、攘夷浪士達にあるだけの手錠を使ってしまったのだった。
土方は咄嗟に衿元を解き、そのタイで桂を狙う。桂はそのわずかな隙に下から土方の懐に入り込む。
互いに相手に掴みかかろうとしたそのとき、大きな振動がエレベーターを襲う。衝撃とともに、がくんとエレベータが下がった。すぐにエレベーターは止まったが、いかにも電気の通っていない様子でゆらゆらと搖れている。
二人はぴたりと動きを止めた。

「オイ・・・もしかして、結構ヤバい状況じゃねえか?」

「・・・そうだな」

桂はエレベーターの緊急用呼出ボタンを押すが、反応は無い。
土方は隊士に連絡を取ろうと携帯を出したが、電波が無い。
エレベーターのドアは硬く閉ざされている。

しばし睨み合った後、どちらともなく言い出した。

「・・・一時休戦だ」








狭いエレベータの中で、二人は無言で体育座りをしていた。
従業員用のエレベーターは頑丈なことを除けば安いつくりで、空調はついていない。祭りのこの時期、空調の利いていない狭い個室に閉じ込められるのは辛いものがあった。二人は着崩しながら、じとりとした暑さに耐えていた。

「・・おい、桂」

「なんだ」

「なんでここに来た?やっぱりこの事件の黒幕はテメェか」

「貴様にそれを話すつもりはない。というか、貴様こそなぜここにいる」

「・・・テメェになんか話すかよ」

それきり二人は黙った。
本当は、土方は真選組として、桂から事件の一部始終を聞き出さねばならない。
桂も攘夷党の党首として高杉達が何をしようとしたのか、そしてどうなったのかを土方から探らねばならなかった。
しかし話せば取っ組み合いになりかねない。そうなればエレベーターは今度こそ落下する。
だから二人はそのまま無言でいる。
本当は、話をしてみたくて仕方がないのに。


「一人言だが」

ふいに桂が声を出した。

「今日ここでこの時間に派手にやらかす、と聞いてきたんだが。何があったのだろうか・・・」

土方は咄嗟に桂を見る。桂は目の前の壁と自分の膝ばかり見つめていて、こちらを見ようとしない。しかし土方には桂の意識がこちらに向いていることはよくわかった。桂は情報を欲しがっている。そしてそのかわりに、情報を与えようというのだ。

「一人言だが」

土方は桂の案に乗ることにした。

「タレ込み情報ってのもなかなか侮れねぇ。おかげでデカいテロは防げたな・・。黒幕がわからねぇのだけが惜しいが」

「一人言だが、そういえばホテルには何も被害はなかったのだろうか」

桂はあくまでも事件の首謀者について話すつもりは無いようだった。涼しい顔をしているが、桂の肌蹴た首筋には汗が光っていた。その汗はただ暑さからか、それとも後ろめたいものがあるのか。

「何もねぇよ。ホテルの客も従業員も、全員無事だ。一人言だけど」

「・・・一人言だが、何もなかったならばよかった」

土方は今夜の事件の首謀者を知りたかった。それが桂であれば、問題はない。エレベーターが復旧次第、すぐに捕らえるだけの話だ。
しかし、それが高杉だったとしたら、奴は必ずここに現れる。そして最悪のケースは、高杉と桂が共謀しているという可能性だ。
しかしホテルの客が無事だとわかると、桂は本当に安心した様子を見せたので、土方はやはり複雑な気分になる。

「関係ない一般市民を巻き込む真似はしないし、したくもない。一人言だがな」

「・・・一人言だがよォ、テロリストってのは無差別なんじゃねぇのか」

「そんなわけあるか。一人言だが、もちろんこの町に災いをもたらず天人は追放したい。そしてそれに与する幕府の高官もだ。そして、組の名誉を重んじるあまり、その幕府の悪を放置しているどこかの馬鹿どももだ。しかし江戸に住む者には何の罪もない」

「じゃあどうしろってんだ。前も言ったじゃねえか。テメェらみたいな身分のある者は正義だなんだと刀を振り翳せただろうが。だが俺たちは違う。身分がないからと、守る正義も手段も与えられなかった。テメェに何がわかるんってんだ?!・・・一人言だけどよ」

「ただの一人言だが、それが阿呆だと言っている。守るべき正義なら与えられているだろうが。大手を振って、江戸に住む人びとを守れる立場ではないか。それなのにその大義も手段も全て無駄にしている。俺たち攘夷党が何をしようとしているのか知ろうともせずに、値の張る武器を惜しみなく無駄遣いしているではないか。その武器を買う金はどこから出ていると思っているのだ?それなのに江戸にはびこっている本当の闇は放置されたままだ。だから我々が動かねばならんのだ」

「だからといってテロを起こしていいのかよ」

「それは、確かに貴様の言うとおりなのだ」

激しい口論の末、二人の視線は初めて交わった。
桂の深く真剣な眼差しに、土方はただ射抜かれた。

「だから、俺が止めねばなるまい」

江戸に住む者として、その平和を願う者として。その気持ちは同じだろう。



土方は白旗を掲げた。
敵わない。きっとこの男には敵わない。
こんなにも激しく、潔く、強い者を見たことがなかった。
たくさんの資料を貪り読んで、ようやく桂を掴んだと思っていたのに、実際の桂はもっとずっと掴みどころが無く、あざやかだった。
着物は崩れ、髪はぐちゃぐちゃで、汗まみれで体育座りなのに、この男は一振りの刀のように凛として美しかった。
彼の眼がこんなにもまっすぐだということに、何故今まで気付かなかった?
土方は強烈な嫉妬を覚えた。しかし同時に、切ないほどに憧れる心を止められない。

「桂、俺は―――」


土方はそのとき何を言おうとしたのか。桂はついにそれを知ることはなかった。
堅く閉ざされていたその扉が、ゆっくりとひらいたのだった。




続く。



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すみません、この「一人言」ネタは、某国民的ネコ型ロボットアニメのある映画からいただきました。そしてそのネタがおわかりになる方で、その映画が大好きだという方がいらっしゃいましたらぜひお友達になってくださいませ。


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