第八話 占い 『結野アナのブラック星座占いでございます!さて、今日の第1位は・・・』 桂はこの朝、久々にお目覚めテレビを見ていた。 『今日の第1位は、おとめ座のアナタです!ライバルが消えてラッキー!これを機会に一気に勢力拡大を図りましょう!』 「あいかわらず物騒な占いだ」 桂はたまごかけご飯をかき込みながらつぶやいた。 桂はN×K派なのだが、エリザベスはお目覚めテレビ派だった。ペット思いの桂は、月2回は必ずお目覚めテレビにしてやっていた(でも少ない)。ただ「今日のわんこ」だけは、桂も毎日見たいと思ったりする。 しかしお目覚めテレビの占いは、いつも恐ろしい内容なのだ。 そういえば、と桂は思い出す。 あれはいつだったか、おとめ座が最下位だったときのことだ。 哀れなことに、おとめ座の人は死を宣告されていた。 エリザベスは9月7日生まれのおとめ座だったため、危ない目にあった。不慮の事故に巻き込まれ、重症を負ったのだ。一命は取り留めたものの、もしエリザベスがヒゲが濃くてあの時歯を磨いていたら、と思うと桂は恐ろしくなった。まあエリザベスにはヒゲとか関係ないから、やはり占いなど単なる気休めでしかないはずだ。それでも実際に事故が起こったのだから、たかが占いといえど侮れない。 あの日、エリザベスを車で轢いた犯人は、こともあろうに真選組のトップクラス二人組だった。 エリザベスを傷つけられた桂は、すぐさま真選組の車に天誅を下した。 あのときの局長の顔といったら。 思い出して桂は笑いそうになる。 あのゴリ局長とは何かと因縁がある。毎日の追いかけっこはもちろん、ねっと掲示板でもやり合ったりしたが、ゴリラとはいえやはり局長だ。しつこい上になかなかのつわもののようだった。 「・・・まあ、いつも奴が踏み込んだ時にはすでに俺はいない、というパターンだ」 桂は偉そうにのたまった。エリザベスが相槌をうつ。 しかし桂は気づいていた。 彼らに対して、いつのまにか手加減をしていることを。 以前―「狂乱の貴公子」と呼ばれていたころの彼なら、有無を言わさず斬り伏せていただろうし、真選組はそれだけの隙を桂に見せていた。 それなのに、なぜ斬れない。 心のどこかで、真選組とのやりあいを楽しんでいるのではないか。 トラックの荷台から奴らの車に、爆弾を投げ込んだとき。 ねっと掲示板掲示板で書き込み合戦をしたとき。 ドSな一番隊隊長の検問を自転車で突破したとき。 情が移った、というのは少し語弊があるだろうが。 敵としてただ憎めれば良かったものを、桂は彼らと余計な話をしすぎてしまった。 その理由を深く考えれば迷いが生じる。だから桂はそれを、「武力ではない、別の方法での攘夷を模索しているからだ」と自分を納得させた。 そのたび桂の中で問いかける声が聞こえる。 『本当に?』 ・・・桂に問いかける声は、決まってあの副長のものだった。 あの副長と一緒にエレベーターに閉じ込められた夜、桂はなかなか寝付くけなかった。 あのひたむきな目には覚えがある。 若かりし頃の自分たちの目だ。現状を変えることに必死で、変えられると信じていたあの頃の自分の姿に似ていた。 あれ以来、あの男の目が、信念を曲げることの無かった桂の中に焼きついて離れない。 相容れない思想に反発しながら、どこかであのひたむきな目に惹かれているのかも知れない。あんな男が共にいてくれたらどんなに心強いことか、と。 本当はこの追いかけっこを終わらせなくないと思っているのではないか。どこかでこんな状況のテレビ番組を見た気がする。「仲良くケンカしろ」とかなんとかいう歌の・・・ 桂は混乱してきて、そこで考えるのをやめた。迷いが生じては前に進めない。 「まったく、とんだ平和ボケだな」 桂は軽く頭を振った。 エリザベスが首をかしげる。『何のことか』と聞きたいのだろう。それに「なんでもない」と軽く返して箸を置く。 『そして今日最も悪い運勢なのは・・・』 テレビでは銀時お気に入りの結野アナが、いかにも残念そうな声を出している。 『ゴメンナサイ、かに座のアナタで〜す』 「なにっ?!」 桂は思わずテレビに向かって叫んだ。 画面を見ると、大きく自分の星座が書かれている。 『かに座のアナタ、今日はうっかり油断して重大なミスをしてしまうかも』 「そんなことは有り得ん」 『自信過剰には気をつけてくださいね』 「む・・・」 『特に黒髪長髪の方は、注意しないと死にますよ!』 「何だと?!」 『というわけで、今日のラッキーアイテムは、ピンクの髪留めです!ひとつ結びにするとうなじが見えてセクシーになれますよ!』 「いや、うなじとか見せたら斬られるだろう」 『それでは今日も一日がんばって、行ってらっしゃ〜い!』 「・・・・」 あんなに恐ろしい宣告をしたのに、結野アナはさわやかな笑顔で番組を終えてしまった。 「・・・エリザベス」 『どうしました?』 「きょうは、髪を結っていくぞ」 『でも白い髪留めしかありません』 「この際、白でも何でもいい。とにかく髪留めはしていくぞ」 『すぐに準備します』 エリザベスは本当に賢い子だ。 その日、攘夷党の会合は珍しく白熱した。 近頃の江戸の治安悪化問題が議題にのぼったのだ。宇宙海賊、天道衆、攘夷志士を騙る賊、最近横行している辻斬り・・・。議題はどんどん出てきて、久々に見のある議論となった。 夜遅くに終わった会合の帰り道。 月が出ていた。 「ちょいと失礼」 橋の上で、桂は声をかけられる。 つけられていることは察知していたが、いつでも斬り伏せられる、桂はそう思っていた。 「!貴様その刀・・・」 朝の占いの予言は現実のものとなった 強烈な痛みとともに、桂の脳裏に今朝の結野アナの声がよみがえる。 『特に黒髪長髪の方は、注意しないと死にますよ!』 確かに、油断していたのかもしれない。 ピンクの髪留めにしていれば、あるいは。 とにかく薄れ行く意識の中で、桂がただひとつ考えられたのは、 『あの占いは、よく当たる』 ―それだけだった。 つづく |