第九話  暗雲




桂率いる攘夷党と高杉率いる鬼兵隊の内紛は、真選組にも大きな事件として伝えられた。連中はかなり派手にやらかしてくれたが、真選組が駆けつけたときにはもう事は収束していた。派手なドンパチが好きな真選組にとって、この報告は決して朗報とはいえなかった。
攘夷派の二大勢力が手負いになったとはいえ、この機に乗じて攘夷派同士の均衡が崩れる可能性は大いにある。山崎からの報告を受けた後、土方は攘夷派の内部抗争についての会議を召集していた。
会議の後、ぞろぞろと隊士が部屋から出て行くのを眺めながら、土方は眉間に皺を寄せていた。山崎に先ほどの万事屋偵察について指示を出していると、あからさまに不機嫌そうな総悟と目が合う。目をそらされることもなく、真正面からにらまれる。

「沖田さん、早く行きますよ」

話しかけられてようやく総悟の視線が外れる。原田が困ったような顔で立っている。総悟の機嫌が悪いことを察しているのだろう。

「仕事なんかあったっけかィ?」

「何言ってんですか、今日は昨日の取調べの続きじゃないっすか」

「へぇ、そんなのあったんだ」

視界の片隅でそのやり取りを捉えながら、山崎への指示を終える。全身には痛いほど総悟の視線が突き刺さっている。
総悟は隊士を無視して土方の前に立ちはだかった。

「ぁんだよ」

「土方さん、ちょいと顔貸してくだせェ」



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「このクソ忙しいときに、いきなりなんだってんだ?つーかパトカーまで持ち出しやがって、テメェこれじゃ拉致じゃねぇか」

狭いパトカーの狭い助手席に押し込められて、土方はぼやいた。

「この緊急事態だからこそ、刑事は足使わなきゃならねェんですぜ、土方さん」

「だからって何で俺までテメェの無謀なローラー作戦につきあわなきゃならねぇんだよ?!」

「何言ってんですかィ、このゴールデンコンビで数々の犯罪者をとっ捕まえてきたじゃないですかィ。今こそこのゴールデンコンビの実力をフル稼動させるべきだと思いますがね」

総悟は無感動に土方をあしらう。あしらいながらものすごいスピードでカーブを曲がり、土方はドアにたたきつけられた。文句を言ってもまた軽く流される。
総悟の考えは読めない。

「土方さん」

「何だ?」

「さっき、なんで嬉しそうな顔してたんですかィ?」

「…あ?」

土方がにらんでも総悟は前を向いたままだ。

「いやね、さっきの攘夷派の話のとき。みんなムカついてたってのに、あんたちょっと嬉しそうな顔してましたよねェ」

「…敵が勝手に潰し合いしてくれたんだ、手間が省けて嬉しいことじゃねぇか」

「否定しねぇんですかィ」

カマをかけられたと気づいて土方は押し黙る。

「…その割りに、万事屋が加担してたって話の時ァ、鬼みてぇな形相でしたぜ」

「前からクサかったじゃねえか。やっぱり狸かと思っただけだ」

「へえ」

「何なんだテメェ」

「別に。何でもありませんや」

総悟は何かを勘ぐっている。
後ろめたいものを隠していた土方は、内心で妙な焦りを感じてしまった。

高杉派と桂派の対立。
この知らせを聞いたとき、土方は考えてはならないことを何より先に考えてしまった。
つまり、高杉と桂の特別な関係も破綻したと。
土方はその事実に、ほんの一瞬後ろ暗い喜びを感じてしまったのだ。

エレベータでの一件以来、高杉と桂との関係について余計な考えばかりが浮かんでいた。それを追い出すように、土方は桂とかかわらないようにした。桂の捕縛は総悟に当たらせ、直接桂と顔を合わせるのを避けた。
それでしばらく落ち着いていたのに、先ほどの知らせを聞いたとき、一気に余計な感情が戻ってきてしまった。
二人の決別を嬉しく思ってしまったことと、万事屋と桂の関係についても、そういった意味での疑いを持ってしまうことに、土方は自分でうんざりした。
深く吐いたため息のせいで、煙草の煙が広がった。総悟は何も言わずに舌打った。


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パトカーは町を走り続ける。運転手は目的も無く走らせている。そのうちに、かぶき町近くの橋に出くわした。奉行所のの連中の姿がある。

「何ですかねェ、アレ」

「事故でもあったんじゃねえか。所轄だろ」

制服である袴姿の男が、こちらに気づいて敬礼した。
車を停めて降りてみると、なにやら実況見分が行われていた。立ち入り禁止のテープが張られている。何があったのかと聞くと、連続辻斬り事件の捜査だという。
そういえばそんな話があった、と土方は思い出す。
腕の立つ浪人ばかりをねらった辻斬り。真選組にも捜査協力について議論された。だが折りしもそのとき、幕府の高官が集う会議の警護に当たっていたため、結局ほとんど介入していなかった。
鑑識が遺留品を調べている。どれも被害者のもののようだった。

「被害者の財布や持ち物は手付かずのようで、金品目的ではないようですね。…ただ気になるのが」

そういって所轄は鑑識から小さなつつみを取り上げる。

「なんですかィ?…髪の毛?」

ビニールの袋に入っていたのは、人間の毛髪だった。量はそれほど多くないが、長い、まっすぐな黒髪だった。

「これはもう数日前の事件での証拠品ですがね。残っていた髪はそれだけなんですが。多分まげでも切り落として持って帰ったんでしょう。…愉快犯というか、力を誇示したかったんでしょうな。ただ、髪を刈られたのはこの件だけでして。しかもこの髪の持ち主の仏さんが見つかってないんです。なんか気味が悪くて」

総悟はしげしげとその髪の毛を眺めている。

「なんかどっかで見たような…」

嫌な予感がした。

「おとといの晩も、派手な斬り合いがありましてね。駆けつけた者が追いかけたんですが、巻かれちまいまして。その間に被害者も姿をくらませちまって、せっかくの目撃証言が取れなくて困ってるんです。白髪の爺さんだったらしいんですが、そいつが辻斬りの片腕切り落としたんですよ。きっと老いてもなおバカ強い侍だったんでしょうが、血痕もかなり残ってましたので、無事かどうか、わかりません」

腕の立つ浪人を狙った辻斬り。
バカ強い、白髪の侍。
高杉率いる鬼兵隊には、人斬りが二人もいたのではなかったか。
そして現場に残されていたという長い黒髪。
…死んではいないはずだ。そんな情報は入っていない、落ち着け。

「…この髪の持ち主、死体は見つかってないって言ったな」

土方は自分の声が震えていることにも気付かなかった。殺気だった剣幕に、思わず奉行所の男はたじろぐ。

「え、ええ。後は白髪の侍と、二人だけです」

「白髪侍の事件があったのはおとといだな。昨日は辻斬りは出たのか?」

「いえ、昨日は出ていません。怪我のせいでしょうな。しばらくは出ないかもしれません」

それを聞いて 土方はきびすを返す。その背中に総悟が呼びかける。

「どこ行くんでィ?」

「総悟、お前は先に屯所に帰ってろ。つーか、てめぇ取り調べサボってんじゃねーか」

「あんたもでさァ」

「俺はいいんだよ」

「土方さん、車」

「いらねえから返しとけ。ちゃんと使用報告書いとけよ」

土方は振り向きもせず、一人かぶき町に向かった。









つづく。



あっさり紅桜篇をスルー(笑)



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