第十話 傷 昼間の歌舞伎町は閑散としている。 昨日から単独で桂の足取りを追っているが、手がかりも無く。もちろん死んではいないはずだが、桂の身に何か起こった可能性は高い。物的証拠は勿論、土方は直感的にそれを感じていた。攘夷派の今の状況はこちらにはなかなか入ってこない。まして桂の状況など、まったくつかめなかった。 土方が推測するに、今回の事件の概要はこうだ。 1.高杉と桂の間に亀裂が入る 2.別れる・別れないで揉める 3.高杉、部下を使って桂を斬らせる 4.それを知った万事屋が桂一派に加担し、高杉一派と衝突。 一番解せないのは万事屋の関与だったが、「万事屋と桂に特別な繋がりがある」と仮定すれば、簡単に説明がついた。 つまり、 1.桂と万事屋が「そういった」関係になる 2.それに気づいて逆上した高杉が、部下に桂を切らせる 3.それを知った万事屋が、高杉への報復に出る こういうことだ。 まず土方は、万事屋が「桂の部下、もしくは桂の使う情報屋」ではないかと疑った。だがあの男は攘夷派に使われたり、何かの組織に大人しく従うような男ではない。まして真剣での斬り合いを徹底的に避けるあの男が斬り合うなど、よっぽどのことだ。それは誰かの命令ではなく、あの男の意思に間違いない。 あの男をそうまでして戦わせる理由は何だ?それが桂だと考えれば、何もかも辻褄が合う。 けれど土方は、その推理に自分でショックを受けた。なぜショックを受けたかなんて、本当はもうわかっている。 自分の手で桂を捕えたかったからか?いや違う。 土方は昨日見た髪を思い出す。 早く見つけなければ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 明くる日、土方は万事屋に向い、偵察を終えた山崎から報告書を受け取った。任務を終えた山崎を先に屯所に戻らせてから、また単身捜査に戻る。途中、いつもの定食屋で作文のようなそれを読んだが、そこには何の手がかりも見つけられなかった。八方塞がりとなった土方は、卓に作文をたたきつけ、煙草を深く吸い込んだ。だからまさか、そんなところで思わぬ手がかりと遭遇するとは、夢にも思っていなかった。 定食屋を出る土方の視界を横切ったもの。一度見たら忘れることは出来ない風貌。 あれは、桂の――― 土方は慌てて店を出て、その生き物(?)の後を追った。奴は手(?)にネギがはみ出したエコバッグを提げている。間違いない、桂の自宅へ帰るのだ。土方は逸る気持ちを抑え、慎重に尾行した。 角から2件目を右に曲がり、すぐ脇にある路地を抜けて、大通りを北に直進。土方は道順を頭に叩き込む。500メートルほど行ったところのガソリンスタンドを左に曲がり、突き当たりを右にすすんで2軒目の、簡素で古い家。生き物(?)はその家に入っていった。土方は気づかれないよう、屋敷の塀を探って庭の見える場所へ移動する。 縁側の奥に、人の姿が見える。 桂だった。 一瞬、それとわからないほどに、髪が短くなっている。 桂は何かの書物を読んでいるようだった。 桂がふと顔を上げると、先ほどの生き物(?)が入ってくる。何ごとかを話し(?)た後、ペットは桂の包帯をとりかえた。この位置からでも桂の体を覆う、痛々しい包帯が見て取れる。さぞ深手を負ったのだろう。傷口を消毒されて、桂は痛みをこらえるように体を縮める。細い体だ。 高杉との関係を知ってから、土方は心のどこかで桂を侮蔑していた。 男同士で寝るなど、と。あからさまに性の対象にされているというのに、それを甘んじて受け入れている。武士の誇りはどうした、と憤ったのだ。もちろん、桂をそういう対象として見ている高杉にも。土方には一切関係ないというのに、まるで自分の誇りを傷つけられたような気さえする。そして今回の一件で、何食わぬ顔をしながら桂をそういう対象として見ていたであろう万事屋にも、虫唾が走った。そんな痴情のもつれに、何故こっちが首を突っ込まなけりゃならないんだと、土方は苛立っていた。 だが、目に映る桂の姿を目にして、彼はその余計な感情を全て忘れた。表情まではよく見えないし、本人の言葉は一切聞こえないが、彼が深く傷ついているような気がしたからだ。 本来であれば彼は、この場で桂を捕縛しなければならなかった。一人で難しいなら、応援を呼んででも、桂を捕えなければならなかったのだ。 けれど、今こんなにも傷ついた桂を捕えるのは己の士道にそむく気がして、何も出来なかった。 その日、彼は初めて掟を破った。 一週間後、土方同じ道順をたどって桂の家に行ってみたのだが、そこはもぬけの殻で、もう何年も前から人が住んでいなかったかのように寂れていた。 土方の脳裏には、傷つけられた桂の姿が焼きついて離れなかった。 続く |