『真選組の諸君へ 敵に こんなことを頼むのは おかしな話だが 君たちの前にいる女に手は出さんで欲しい 彼女はただのジャーナリストであり 私が無理矢理取材に来てもらったに過ぎない 私とは一切関係ない者だ 敵とはいえ 同じく江戸の人々の笑顔を願うものとして… 信義に生きる侍として 諸君のことを信じる 花野アナ殿 いかなる危険に見舞われようと真実を報道しようとする君の姿勢には感服した 形は違えど 君も江戸の平和を護る志士に違いない 私たちは同志だ お仕事頑張って下さい テレビ毎日見ます 桂小太郎 P.S.やっぱり 真選組は死ね 』 爆音と煙が画面を埋め尽くす、その一瞬前。ブラウン管越しに、俺は確かに桂と視線がかちあった気がした。大胆不敵で、息がとまるほどまっすぐな目のひかりと。 いつもコレだ。かなわねぇな。 悔しさの前に脳裏をよぎったのはそんなことだった。本来なら有り得ないことだったし、絶対に認めたくないことだったのに。 第十一話 この広い世界で 真選組の朝は早い。土方は、いつもときっちり同じ時間に起きだして、朝餉にする。白飯にマヨネーズをたっぷりかけて、電子レンジに突っ込む。マヨネーズごと暖めると、香ばしくさらに食欲を引き立てるのだ(と土方だけは思っている)。 マヨ丼の鎮座するちゃぶ台前に陣取り、惰性でテレビをつける。いつものお目覚めテレビでは、例のブラック星座占いが始まったところだ。毎日毎日、占いなんて信じる奴の気が知れねェ。そう思いながらも目で追ってしまうのが人の性。丼をかき込みながら、何の気なしにランキングの行方を眺める。 「今日の第一位は、おうし座のあなたです!」 「おっ、」 反射的に箸が止まり、土方は画面を注視する。可愛らしいイラストが画面いっぱいにくるくる回っている。いかにも運が良さそうだ。 「おうし座のあなたは、ライバルを蹴散らすチャンスでーす。そして今日は恋愛運が絶好調!意外なところに出会いがありそう!ラッキーポイントは、ラブレターですよ〜!」 ライバルを蹴散らすチャンス。 あいかわらず物騒な言い様の占いに、土方の顔が引きつった。だが確かに、総悟は昨日の桂とのドンパチで多少のダメージは受けている。ピンピンしてはいるが、蹴散らすチャンスではあるかもしれない。 「って、肝心の仕事運はどーなんだ」 これから早速、昨日桂とのやりあいで醜態さらした連中にきつく灸を据えてやらねばならない。恋愛運絶好調、なんて占いは当たらぬままになるだろう。 土方は軽く溜息を落としてチャンネルを変えた。 ひとしきり怒鳴り散らして説教をくれてやった後、厠に向かう途中で、土方は山崎を見つけた。腕に何か抱えて、そそくさと鑑識の部屋に入って行った。なんとなくその様子が気にかかり、土方は分厚いその扉に手をかけた。 無機質な部屋で、山崎は黒焦げになった物品を検分していた。 「おい山崎、何してるんだ?」 「あ、副長」 山崎はちょうどよかったと手招きする。彼と同じく地味な鑑識が、黒焦げの物体にアルミの粉を振っている。 「昨日の遺留品の調査をしてまして」 山崎は手袋をはめた手で、鼻眼鏡入りのビニール袋を取り上げた。 「これは桂のいたラーメン屋に残されていた鼻眼鏡です。店の女主人に話を聞きましたが、コイツのせいで客が桂だとは気づかなかったそうです。……やはり「逃げの小太郎」の異名を取る桂、変装には定評がありますね」 「いやそれは……どうなんだ?」 「これは桂が落とした「んまい棒」、めんたい味です。他にもサラミ味、コーンポタージュ味も所持していたらしく、かなりのんまい棒好きと思われます。駄菓子やを張ってみたら、案外かかるかもしれませんよ」 「いや、無理だろ……おい、そりゃ何だ?」 土方はビニールに包まれた紙切れに気がついた。 「これは、真選組に宛てた手紙です。アレ?聞いてませんでした?」 土方が聞いていたのは、総悟率いる一番隊がまんまと桂に逃げられ、逃げられざまに一発喰らわせられたことと、その失態を桂の連れていたテレビカメラマンに撮られた、ということだけだ。 「手紙?聞いてねェなあ。ちょっと見せてみろ」 「あ、ハイ」 山崎は慎重にビニールから紙きれを取り出す。 「あの爆発の中で奇跡的に残っていました。貴重な手がかりになるかと」 手袋をはめた手で受け取ると、薄い紙が乾いた音をたてた。ところどころ焦げて、煤にまみれている。 粗末で薄い便箋を、破れないように慎重に開いた。几帳面な字が連なっている。以前、桂について資料を漁った時に何度も目にした筆跡だ。山崎が何か話しかけてきたが、その声はもう土方の耳には届いていなかった。 『敵とはいえ 同じく江戸の笑顔を願う者として……信義に生きる侍として、諸君のことを信じる』 知らず手紙を持つ指が痺れた。経験したことのない感情で胸が焼け付く。流麗というより、硬くて几帳面な印象を受ける字。それを何度も確かめるように読み返す。 あの古びた小さな屋敷でこれをしたためていたとき、桂は何を考えていたのだろうか。自分のことを考えていたらいいと、土方は思う。いや、考えていたのだ、奴は。 いつかのエレベータの中で聞いた、あの声が土方の頭の中で鮮やかに蘇る。 「副長?」 黙りこくった土方に、山崎が恐る恐る声をかけた。 「副長、どうかしましたか?」 いぶかしむ山崎を無視して手紙を突っ返し、土方はきびすを返す。 「副長、どちらに行くんです?」 「あ?決まってんだろ。仕事だ」 土方は振り返らなかった。 夜も更けた頓所に戻ると、皆騒がしく、浮ついていた。土方への挨拶もそこそこに、皆講堂に集まっている。 「何だ?一体どうしたってんだ」 がやがやと声の漏れる襖を勢いよく開く。すると大勢の隊士が、一番大きなテレビを取り囲んでいた。テレビでは観たことのある夜の情報番組がやっている。 「ふ、副長!」 土方の姿に、浮ついていた連中は肩をすくませる。隅で壁に寄り掛かっていた沖田が、のんびり口を開いた。 「これから昨日の桂の取材が放送されるんでさァ。俺もいよいよ全国ネットデビューですぜ」 「昨日の?って、テメーの失態だろうが!アホか!」 一国の対テロ武装警察なのに、皆は自分が映るのを一目見ようと躍起になっていたのだ。土方は呆れかえり、こめかみを押さえる。 「テメェの失態みて喜ぶヒマなんてあんのか?!せいぜいソレ見て反省してろ!」 「アレ、土方さんは見ていかねぇんですかィ?」 「興味ねーよ」 今か今かとテレビにかじりつく連中を尻目に、土方は自室に戻った。 一日、町を走った。けれどそんな日に限って、桂は全く姿を見せない。町はいたって平和そうで、野良猫も退屈そうにあくびをしていた。あんまりのんびりしているので、振り払いたくても桂のことばかり浮かんだ。苛立ちと、それからもう一つの、焦燥というか、そういう感情が土方を苛む。 広い自室はがらんとしていて、吐いたため息と蛍光灯のかすかな音以外に音はない。時計はつい先日、秒針の音がしないものに買い換えたばかりだ。仕方無しに土方はテレビをつける。車のコマーシャルを聞き流しながら、ジャケットを脱いでハンガーに掛ける。タイを緩めたところで、テレビから「日本の夜明けスペシャル」なんていうバカバカしいタイトルが聞こえてきた。 『今回私が突撃取材を試みたのはこちら……有相無相の攘夷浪士達の中にあって一際異彩を放つ、神出鬼没、変幻自在、弱きを助け、強き挫くラストサムライ、幕府からし名手配されながら、江戸市中の人気も高いこの人物……狂乱の貴公子の異名をとるKさん』 「……Kって、おもいっきり桂じゃねーか」 土方はタイを首にかけたまま、ちゃぶ台の前に腰をおろした。ポケットから煙草とライターを取り出し火をつける。その間も、視線はずっとテレビに注がれたままだ。 映っていたのは驚くほどアホな桂の一日だった。ラーメン屋から始まって、屋根の上を渡り、会合に出る。他人を巻き込み、適当なことを言い、ギャグのセンスはひどい。それなのに無駄に自信にあふれている。そのふてぶてしさに、いっそ笑いがこみ上げてくる。 「いちいち上から目線なんだよなコイツ。俺たちにだけってわけでもねえんだな」 アナウンサーが、先ほどの桂の手紙を読み上げている。土方には、その声に桂の声が重なって聞こえた。声は実際のものではないのに、土方の中の弱い部分に深くしみこんでゆく。 悔しさとともに湧き上がる感情は、これは何だ。 あのまっすぐな視線は、いつかの路地裏でも、エレベータの中でも、ブラウン管ごしにも、土方の心臓をまっすぐ貫いた。そして、己の魂に恥じることはないかと、常に土方に問いかける。 局長のため、組のためと、たとえ天人と癒着していることをを知っても、幕府を守ってきた。それに対して何も恥じることはない。そう信じて生きてきたし、今更変わることは有り得ない。これからも桂はかたきであり続ける。一度信じた思いを曲げることはできない。 が、土方の胸に残っているのは、憎悪でも使命感でもない。憧れとそれから、惚れたのだ、桂に。 軽い失望感との後、土方の胸に去来したのは清々しさだった。煙草をぐっと吸い込んで、深く吐き出す。きっと血迷っているんだろう。何かの間違いかもしれない。それでよかった。多分、これからずっと蓋をしていく感情だ。自覚して、だからどうこうできるようなものじゃない。 画面では指名手配の写真が大写しになっている。難しそうな顔をしている。 土方はそれを見て口の端をあげた。 「次会ったら、今度こそ絶対に、俺が捕まえてやる」 だから、俺のことを見てくれないか。 続く |
いろいろボロボロですみませ……!!!!
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