「あなたに首ったけ」(中)









酔いは醒めていたものの、体にはまだ酒がしみ込んでいるらしい。銀時は重たい手足に苛立ちを覚えた。
現役を引退してからというもの、体力は衰えるばかりだ。派手な喧嘩をやらかすたび、自分の年齢を思い知らされる。
それでも何とか不機嫌そうな背中を見つけ、待てよと一言投げつけてやった。
だが、肝心の背中は、立ち止まりも振り返りもせず、すたすた歩いていく。
可愛くない奴だと蟀谷をひくつかせ、小走りになった銀時は、やっとその背中に追いついた。

「なあ、待てって」

顔を覗き込んでも、奴はちらりともこちらを見ない。

「だから、ちょっと待てって!」

肩を乱暴につかむと、今度こそ桂は睨みつけてきた。

「ヅラじゃない桂だ」

「なんで俺のこと疑ってんの」

「別に疑ってはいない。断定してるだけだ」

「だから、ちげーって何度も言ってんだろーが!」

「自分の過ちから逃げるとは、貴様にはほとほとガッカリした」

「はァ? 何がガッカリだ。勝手に勘違いして妬いてんじゃねーよバカヤロー」

「妬いてないしバカヤローでもない! くだらん」

「くだんねーのはテメーの嫉妬だろ」

「だから、嫉妬してないといってるだろーが」

「してんじゃん」

「いつどこで誰がしたんだ? 地球が何回まわったときだ? 言ってみろォォ!」

「あーもーウゼェェェ! だったらどうしたら信用すんだよ?! どーすいりゃいいんだっつの!土下座でもしたらいいんですか!?」

銀時は面倒なのとイライラするのとで、思い切り地団太を踏む。その子供っぽいしぐさに、桂はあからさまに嫌な顔をした。

「貴様、必死だな」

「あ? イヤ違いますよ? 別に弁解したいとかそーいうんじゃなくてだな……まあ俺としては? 浮気できるくらいの甲斐性的なモノもあるし? モテるのはモテるし? 全然アレなんだけどさァ。けど、あんなオッさんとヤったとか思われんのは、ガマンできねーっつうか。あと、お前に疑われるとか、なんとなくすっげームカつくんだよ。ヅラのくせに生意気じゃん」

まくしたてながら、銀時はうしろ頭をばりばり掻いた。
桂はその様子を上から下までじろじろ眺め、フム、とひとつうなずいた。

「ヅラのくせに生意気、っていうのは気に食わん。スネ夫気取りか貴様。大体、俺はヅラじゃなく桂だ」

そういって、目を泳がせる銀時の方をポンとたたく。
その唇に不敵な笑みが浮かんでいた。

「だが……そうだな。俺の言うことを一晩聞いてもらおうか。それなら貴様の言い分を信じてやろう。別に俺だってアレだぞ、嫉妬とかそんなんじゃないから。貴様がどうしても信用しろとか言うからだぞ。別にお前がどうしようと、俺の知ったことじゃないし」

ぐっと銀時が息をのむ。イラついたように、くっと眉を吊り上げた。何か言いたそうに口を開きかけて、だが少し考え込む。

「どうする」

桂の声は挑戦的だ。しばらく押し黙っていた銀時は、やがてゆっくりと顔を上げ、挑むように睨みつけた。

「受けて立ってやろーじゃねーか」




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で、どうしてこうなった。
銀時は遠のきそうになる意識を、辛うじてのところでつなぎとめている。
目の前には、いつもは仏頂面なあの桂の、気持ち悪いくらい楽しそうな顔がある。
そして奴の手には、重たそうなデジタル一眼レフカメラがしっかり握られていた。

「うん、いいぞ。すごくかわいい。もう一枚だ」

液晶を確認して満足そうにうなずいてから、桂は再びカメラを銀時に向けて構えた。レンズが左右に動いて、こちらを睨みつけてくる。

「ほら、こっちを見て笑え、銀時!」

笑えるか、クソが!!

銀時は顔をこわばらせた。

「笑えと言ってるだろーが! 何でも言うこと聞くんだろ!」

死ね!!

心で叫びながら、銀時は表情筋を引き攣らせながら、イイ笑顔を向けてやった。その頭にはフワフワの白い猫耳が付いていた。パシャリと小気味良いシャッター音が響く。

桂は家に銀時を連れてきた後、「前々からやってみたかったことがある」と銀時の服に手をかけた。
まさか自分がヤられるのじゃないか、と銀時は焦った。だがそれもまぁいいのかも、なんてウッカリ思いかけたのだが、桂の命令はそんなに甘いものではなかった。

白い猫耳をつけられ、手足には肉球のついた手袋とスリッパを着けられ、胸元しか隠れない丈の、フワフワのベアトップと尻尾付のミニスカートを履かされ。おまけに首につけられた鈴が、ちりんとかわいい音を立てる。

『お前のとこの定春君、ちょっと羨ましくてな』

そう言いながら首に鈴をつける彼の笑顔が、尋常じゃなく恐ろしかった。
コイツ、もしかしてスゴい変態なんじゃないのかと、銀時は戦慄した。
大体どこからこんなものを調達したのか。サイズは女性用だがLサイズだ。多少パツンパツンだが、たぶん始めから銀時に着せることを想定して買ったのだろう。
嬉しそうに写真を撮る桂は、今まで見てきた彼の姿の中で、最も恐ろしかった。狂乱の貴公子の二つ名は伊達じゃない。
この後何をされるのかと思うと、なんかもう最悪の気分だ。そして怖すぎて涙目になってきた。

「さて」

四つん這いにされて気を失いかけていた銀時は、桂の声にビクンと肩をこわばらせた。次こそもっと恐ろしいことをされる、という予感に冷や汗が蟀谷を伝う。
が、桂はカメラをおろし、

「もう脱いでいいぞ」

と、ものすごく軽い調子で言ってきた。

「……え?」

銀時の頭には素直に意味が入ってこない。
思わず見上げると、桂はさっき剥いた銀時の一張羅を、ぽいと投げてよこしてきた。

「満足したからな。貴様のあんなカワイイ写真が撮れた。もう着替えていいぞ」

「……あ、え? ああ、そうなの?」

どんな恐ろしい仕打ちを受けるかと構えていただけに、一気に体から力が抜け、その場にへたばった。
桂は機嫌良さそうにカメラの液晶を覗き込んでいる。

「お前のやりたかったことって、何だったの? これだけ?」

「? そうだ」

「そーなの……」

「不満でもあったか? ピンクのコスチュームが良かったとか」

「違う違うっ! なんつーか、もっとこう、お仕置き的なことされんじゃないかって思ってたから……こんなんでいいの? ある意味すっげー精神的ダメージだけど」

「……そうか」

ちょっと思案した後、桂はカメラをちゃぶ台に置いた。そしてへたり込んでいる銀時のそばにすっと腰を下ろす。

「貴様がそんなに期待していたなら、望みどおりにしてやろう」

「え? イヤイヤ何言ってんの? 期待なんかしてないってばっ……て、オイ、ちょ、ヤメ」

「仕置き、されたいんだろ?」

いいから黙れ、と命令し、桂は銀時の腰に馬乗りになる。
動揺する腕を取ると、頭上でまとめ、銀時のベルトを取り、ギュッと一括りに縛った。

「っテェ! 何すんだテメー!」

「今日は俺の言うこと、何でも聞くんだろーが。俺はまだ貴様を信用してないぞ」

フフンと意地悪そうな笑顔を見せて、首輪の鈴を指ではじく。
ちりん、とかわいらしい音が場違いに響いた。
銀時は反射的に文句を言いかけたが、やめておいた。
こちらを見つめる桂の目が、きらきらしている。長い付き合いの中でも、こんな状況は初めてだ。身体と意志の全てが桂に委ねられている状況が歯がゆく、悔しく、屈辱的で、そしてとてもそそった。
ゴクリと無意識のうちに喉を鳴らしていた。そのはずみで、また鈴が鳴る。

「お前は一切手を出すなよ。といっても、その状態では手が出せるとは思えんが」

桂は薄く笑ったまま、組み伏せられた銀時を眺める。銀時の手には、まだ猫グローブがはめられていて、手の自由はまったく利きそうにない。
桂が襦袢姿になるまでたっぷり待たされじらされる。奴は着物をすべてきっちり衣文掛けにかけてから、布団を敷き、改めて銀時を布団にころがし、組み敷いた。そして銀時の腹の上に腰を乗せ、やたらフワフワした胸元をまさぐり始めた。
節立った細い指先が、多分今まで銀時が見た中で一番性的な動きでフワフワと戯れている。が、その毛足が長いせいなのか、銀時の肌には、布というか毛越しの手の温度しか伝わらない。
目の前には、細い首筋と、誘うような鎖骨。真っ白な襦袢の裾から、腰を跨いだ膝頭と太股が覗く。それから、嬉しそうに染まった頬。

クソッ、なんだ、この状況。

銀時は舌打った。
据え膳なのに、何もできないこの状況。こんな変態じみた桂の行為なのに、退くどころか、歯ぎしりするほど興奮している。

「銀時、顔が赤いぞ。カワイイじゃないか……」

桂は銀時の頬に唇を当てた。長い髪が胸元から首筋に降りかかる。少しひんやりした繊細な感触に、ゴクリとまた生唾を飲み込む。
頬に押し付けられていた唇は、いつの間にか首筋から鎖骨を辿っていた。その間にも不埒な細い指は、胸元や腰のフワフワを撫でさすっている。

「銀時……固くなっているな」

その言葉と共に、ミニスカートを押し上げていた自身に手が這わされる。もちろん、フワフワ越しに。

「くっ……、」

「はやく入れたいか?」

ニヤっと笑って、桂はスカートの上から銀時を上下にさする。フワフワ越しの感触でも、そこはびくびくと跳ね上がり、思わず声が漏れてしまう。

「だが、世の中そう甘くはない」

桂は手を止めると、襦袢の前をくつろげた。そして銀時の腹の上にどっかり腰を据えたまま、自分の指を自らの胸に這わせ、まさぐり始めた。

「ちょっ、何やってんだ!」

焦った銀時の声は上擦った。だがそんな問いかけには答えず、桂は自分の乳首をつまんだり押しつぶしたりを繰り返す。そのまま片手を下半身に持ってゆく。
桂は下着をつけていなかった。
裾が肌蹴られて、桂の太股と尻が肌に密着する。それから桂は、ゆるく立ち上がって赤くなったものを、自分の細い指で慰めはじめた。

「あ、ぁっ、あっ」

吐息と感情のしたたるような桂の声が、銀時の鼓膜から侵入し、体中に響いてゆさぶりをかけてくる。
こんなエロい状況なのに、一切手を出せないなんて、まったくふざけている。
銀時は知らず歯ぎしりしていた。
桂の手は激しさを増し、先端はもちろん、袋を転がし、その奥まで指が伸びて行く。は、と息の詰まる音がして、細い指が後ろの穴まで入り込んだのを悟る。
銀時の股間は痛いくらいに腫れていて、我慢できず、つい腰が動いてしまう。

「ダメだぞ、銀時……今日はダメだ…仕置きだから、な? わかっているだろう」

譫言のように呟くその口元が、飢えたみたいに潤んでいる。密着した太股は汗でびっしょりと濡れていた。時折その奥から、指を抜き差しする粘膜の音がする。

「そんなこと言ってよォ……ほんとは、っ、テメーも欲しいんだろ…?」

ぐいっと腰を突き上げ、桂の尻に自身を押し付ける。もどかしさに頭が可笑しくなりそうだった。

「だめ、だ……すぐそうやって、貴様のここは、悪さばかりする……」

桂の指がスカートをまくり、野暮ったいストライプのトランクスをまさぐる。前開きから自身だけ解放されて、銀時は肩を震わせた。
先端に指が落とされて、割れ目をぐりぐり擦られる。きつい快感に痛みまで走って、銀時は呻いた。

「別に俺は、貴様がどこで何をしようと、知ったことではないし、好きにすればいいと思ってるんだ」

「ゥ、う、ぐ……っ」

だが、と言って、桂は銀時の腹から床にずり落ちた。きつい刺激に目を閉じていた銀時は、ふと瞼を開ける。その瞬間、桂の柔らかい唇が、ぬるりと亀頭を包み込んだ。

「うあっ!……っ、ア、待て……っ」

桂からこうすることは滅多になかった。顎が疲れるだの、射精が遅いだのなんだの言って断られてばかりだ。だが、今日の桂は別人かというくらいに吸い付いてくる。

「やめろって!ああもう!!イっちまう!!!っ、―――ッッ!!」

銀時はついに陥落した。
わりと射精は遅いほうだったが、今回はもうどうにもならなかった。
頭が真っ白になり、何も考えられない。こんな深く脳髄まで痺れるのは久々で、そういえばコイツとセックスするの自体も久々だったんだ、ということだけ、かろうじて思い出して、深く目を閉じた。






続く


つ……つづいちゃいました………
予想以上に…あほえろが長引いております…
完全に趣味に走っております申し訳ないです。銀さんもちょっとヘタレ気味ですが。
でも正直めっちゃ楽しいです(とてもいい笑顔で)。

please wait……

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